舞台裏掌編3〜ロケ地編2〜

ザワッ

自分の衣装のチェックをしていた蓮は、急にざわめいた周囲に思わず顔を上げた。その先には一人の可憐な姫君。
裾の長い中世風のドレスを身に纏い、長い黒髪をそのまま風になびかせて湖の畔で佇んでいた。
まるで可憐な一輪の百合の花のように凛と立つ様は気品に溢れていて、それでいて男の庇護欲をくすぐる儚さと惹き付ける艶やかさを合わせ持つ。
そのあまりの美しさに、蓮は言葉を失い、ただ呆然と『彼女』を見詰めていた。

自分への視線を感じたのか、湖の古城の方を眺めていた彼女が、ふっと振り向く。すると、


「コーンッ」


満面の笑みを浮かべて、少女は蓮に駆け寄ると、そのまま勢い良く抱きついた。

「コーン、コーン! やっぱり会えたーーっ! 良かった、良かったわっ、元気そうで!」

ギュウギュウと蓮に抱きつきながら、蓮を見上げる。感極まったのか、大きな瞳に今にも零れ落ちそうなほどの涙を一杯溜めて。

「コーン......、ずっと会いたかったのよ?」

そのままノックダウンされそうな殺し文句と共に、うるうるとした上目遣い。
蓮は思わず、くらくらっと来た。このままどさくさに紛れて彼女を抱き返してしまいたい衝動に襲われる。

「、あ......、最上さん?」
「!!」

瞬間、ビクッと彼女......キョーコの身体が強張った。蓮にしがみついていた彼女の瞳に、驚きと戸惑いと......そして、落胆の色が見え隠れする。

「つ......るがさん?」
「......うん」

蓮に抱きついていたキョーコはゆっくりと蓮から離れた。
...視線だけは蓮から外さずに。

「申し訳ありません、敦賀さん。つい......遠い昔の思い出の人と、面影が重なってしまって......」

そういって懐かしそうに、眩しそうに、蓮を見上げた。

「......そんなに、似ていた?」

「ええ。以前も朝日の悪戯で敦賀さんの髪が金髪に見えた事があったんですけど...、『今』のその『姿』はまるでコーンが成長した姿そのものです!綺麗な金髪に碧い瞳で......」

そう、今の蓮はドラマ仕様に『金髪碧眼の王子様』スタイル。
...実際には『国王陛下』なのだが。
とりあえず髪の方は鬘だが、瞳の色はカラーコンタクトと思わせて実は自前だったりする。 中世風の騎士らしく、膝丈のチュニックにマントを纏い、腰には長剣。見事な刺し紋様を施された衣装を纏うその人は、さながら絵本から抜け出て来た王子様そのものだ。

「そういう恰好をされていると、ほんと敦賀さんは日本人には見えませんねー。充分西洋人で通じますよ!」

ふふふ...と微笑むキョーコは未だ少し落胆の影を落としているが、努めて明るく振る舞っている。

(今もそうやって『コーン』のことを想ってくれているのか......)

実は本人です、という訳にも行かず、蓮は複雑な思いでキョーコを見詰めた。
キョーコがそんな風に今でも『コーン(昔の自分)』のことを想ってくれているのは嬉しい。 でも、その半分でもいいから目の前の自分を見てくれないかな、と思わずにはいられない。

(......ああ、でも、そうか)

蓮は改めて思った。

(今のこの俺の恰好じゃぁ、最上さんが俺をコーンだと見誤っても仕方ないか)

なんと言っても、『本来の姿』に近いのだ。見誤ったどころか、大正解だ。

(ある意味気を付けないのとな。......『あの人』もそろそろ来ることだし)

そう蓮が考えていると、

ザワザワザワッっとまたしても周りがどよめいた。
しかも、今度は先程を更に上まり、歓声付き。何事かと思いきや、

「クーだ! クー・ヒズリが到着したっ」

誰かの叫び声が聞こえて、なるほど、と納得する。大スターのおでましというわけだ。

(まあ、あからさまにお互いの関係(=実は親子)がバレるような言動はしないと思うが、なるたけ近付かないでおくか......)

などと蓮が思案してると、騒ぎの方向には背を向けていたはずのキョーコが、即座にピンッと背筋を伸ばした。まるで大好きなご主人様のお帰りを待っていた忠犬のような反応。今にもクーの元へと駆け出して行きそうだ。
それはそれは嬉しそうな顔になるキョーコを目の当たりにして、なんとなく、むっとしたまま蓮が顔を上げると、

バチッ

丁度こちらへと向かっているクーとばっちり目が合ってしまった。

(ま、不味い!)

一瞬にしてクーは喜色満面。
この『素』に近い姿を見られたとあれば......。


「クオン!」


案の定、クーは大声で彼の本名を呼びながら、嬉々として蓮の元へと超突進して来る。

(じょ、冗談じゃない! いくらなんでも、こんな所で、こんな形で、正体をばらされるわけには......)

蓮の心中の葛藤などいざ知らず、クーはそのまま駆け寄ると、ガシッと抱擁した。

「クオン! 会いたかったぞ! 元気にしていたか!」
「うんっ。父さんも元気で何より! また会えて嬉しいよ!」

...蓮の目の前にいたキョーコを。


二人は人目も憚らず『再会に喜び打ち震える親子』の抱擁を繰り広げている。
キョーコが『クオン』を演じていた時のように少年の恰好ならば、まだ?許せたかもしれないが、今のキョーコは少年どころか、純情可憐なお姫様。
その可愛い自分の姫君が、敬愛する実父とは言え、別の男と目の前で抱き合っているわけなのだがら、さすがの蓮も顳かみに青筋が立つ。

「......お久し振りです。ミスター・ヒズリ。この様な形であなたと共演することが出来て、大変光栄です」

蓮はキョーコをさりげなく......どころか、べりっとクーから引き剥がすと、表向きは冷静を装いにこやかな紳士笑顔でクーに右手を差し出す。
...不機嫌さを滲ませた低い声で。

「やあ、敦賀君。わたしとしても光栄だよ。秘密裏とは言え、君と『親子』という設定だなんてね! せめて、この撮影の間だけでも、親子然と仲良く過ごしたいものだ」

にーーっこり、と意味ありげな笑みを浮かべながら、がしっと差し出された蓮の右手を握り、いけしゃあしゃあとクーが返す。

「うわぁ、敦賀さん、いいなー。 そう言えば、そうですよね。先生と『実は親子』なんですよね!」

このドラマ設定では!......と無邪気に付け足してるが、真実に近い分、耳に悪い。

「何を言う! お前だって、その『彼』といずれ結ばれるのだから、わたしとも親子になるではないか!」

さも当然のようにクーがそう問いかけると、

「そ、そうですか? そうですよね!」

私、頑張りますーーーと、ぽっと頬染めながらキョーコが答える。
主語を抜かしてそう答えられたら、違うと知りつつも蓮は都合良く解釈してしまいそうだ。

思わず顔に手をやり、緩みそうになる口元を隠していると、クーが一瞬だけちらりと蓮の方を見やって、にやりとほくそ笑んだ。

(!! わざと?! わざとなのか?!)

クーの含みある言動にこれから振り回されることになるのか?!

前途多難な雲行きに、蓮は額に手を当てため息を吐いた。



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強力な伏兵、クー見参!実は『素』に近い恰好でクーも交えてドラマ撮り。キョーコには『コーン』と見間違え?られるわ、クーには『クオン』と呼ばれるわ……。一々心臓に悪い蓮です。

拍手掲載日[2009年 10月 16日]

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