舞台裏掌編1〜開幕前〜

「ほ、本当ですかぁーーっっ」

ここは、LME芸能事務所のタレント部門。その主任である椹のデスクの前で、キョーコの歓喜の声が響き渡る。

「ほ、本当に緒方監督から私にドラマの出演依頼が......? しかも、今回は主演で?!」

「うん、信じられないかも知れないけど、間違いないよ。緒方監督自身にとっても新ジャンル開拓のための野心的な意味合いを持つ、今秋注目のドラマだ。話題性としても申し分無い。そのドラマのヒロインをぜひ君に、と監督直々からのオファーだよ」

「そ、そのようなスゴイドラマに......っ。なぜ、わたし如きがあぁぁぁぁ!! 畏れ多いですぅぅぅぅ」


キョーコはグルグル目を回しながらも、喜びを隠し切れない。
そんな様子のキョーコに、椹は些か申し訳無さそうな顔をする。...勿論、キョーコは気付かなかったが。

「はっ。でも、どんな役なんですか?...もしかして、また苛め役......」

『ダークムーン』での未緒役で一躍脚光を浴びて以来、入って来る出演オファーはどれも一様に『未緒っぽく』。勿論、依頼を貰えるだけありがたいと思わねばならないのだろうが、こうも苛め役ばかりだとさすがに落ち込む。

「違う、違う。言ってなかったっけ?これはこの秋の『西洋ヒストリカル特集』の一環として製作されるドラマだ。だから、君の役は、中世ヨーロッパのとある王国の王女。国の内情に巻き込まれ、翻弄される...」

「(キュンッ)王女様......」

「他のメインキャストはまだ決定してないが、緒方監督もかなり力を入れてるらしくてね、かなり豪華な顔ぶれになりそうだ。その証拠に、凄い大物の客演が既に決定しているぞ!」

「ええっ、どなたですか?!」

「聞いて驚くな? クー・ヒズリだ!」

「う、嘘ぉ。ほ、本当に先生が?!先生が、出演なさるんですか?このドラマに?!」

「客演だから最後の方にちょろっとだけらしいが、それでも確定しているらしいぞ。海外のロケ地にて現地集合、という形になるだろうが」

「ええっ。ロケって海外なんですか?!」

「ああ、舞台となる場所の一つが、高い塔のある古城だがらね。勿論、撮影が塔の内部設定の時は国内で組んだセットで充分だが、外観含めてとなると、さすがに日本国内には該当するのが無いからなぁ。イメージ的には中世ヨーロッパだから、なんでも、スコットランドの方へ行く予定らしいぞ」

「(キュキュンッ)古城......」

師と仰ぐクー・ヒズリと共演出来るかも知れない可能性プラス憧れのお姫様、しかも欧州のお城とくれば、キョーコに断る理由など無い。いや、あるにはあるのだが、この時のキョーコはすっかりそっちの方は失念している。

「やりますっ。ぜひ、やらせて下さい!!」

そのやる気を表すかの如く、キョーコは椹がデスクの上で組んでいた両手をぎゅうっと握りしめる。

「そうかっ。やってくれるか!良かった、良かった!」

明らかに我が事のように喜ぶ椹を本来ならば訝しく思うはずのキョーコも、今は美味い餌に釣られていて気が付かない。

「それじゃあ、早速、俺が先方に了承の連絡を入れておくから、君はこの台本に目を通してなさい」

「分かりました!それでは、よろしくお願いします」

いつも通り、礼儀正しく綺麗なお辞儀をすると、キョーコは渡された台本を持って、タレント部門をスキップしながら後にした。

キョーコの姿が視界から消えるまで、ニコニコ笑顔を崩さなかった椹だが、消えたと同時に大きな溜め息を吐く。そして、まるで示し合わせたかのように、内線電話が鳴り響いた。

「......はい」

『首尾はどうだ』

「問題ありません。不信に思う間も無く、出演依頼を受けましたよ。今すぐ先方に返事するつもりです。...台本の内容を読み始めたら、どうなるか分かりませんがね」

『そうか。なら、すぐ行動に移せ。気を変えたとこで既に退路などないようにな。なあに、心配するな。最上くんのことだ、一度受けた仕事は何があろうと真剣に取り組んでやり遂げるさ』

「勿論、それはそうでしょうが......」

『あっちの方も、社がばっちり根回ししてる。文字通り、役者は揃うだろう』

「あっちはともかく...。本当にいいんですか、社長?最上くん、まだ未成年ですよ?」

『役柄のお姫様だって彼女と同い年だろうが』

「そういう意味じゃなくってですね。その、結構際どいシーンが幾つかありませんでした?」

『直に素肌を見せるシーンは勿論制限してあるぞ?そう心配しなくても、あの子の素肌を公衆の電波なんぞに早々ヤツが晒すまい』

電話の向こうの社主は、これからの展開がことの外、楽しみのようだ。

「それにしても......、わざわざこんな手の込んだ形で二人を共演させなくても......」

『何を言う、椹っ。放っておいたら、あの二人はいつまでも動かん! このままじゃ、いつ、どこで、どんな鳶に油揚かっ攫われるか分かったもんじゃないぞ! 俺の目の黒い内は、そんなまどろっこしい愛の育み方などさせん!愛の伝道師の名にかけて!』

単に二人で遊びたいだけでは...、という疑問は決して口にせず、椹は電話を切った。

(最上くん...。可哀想だけど、これもラブミー部員の宿命、いや、試練だと思って頑張ってね...)

そう心の中で合掌する。

切羽詰まった顔で、キョーコが再びタレント部門に駆け込んで来るのは、この数分後......。



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...とまあ、こんな社長の親心?が裏にあったりする。

拍手掲載日[2009年 9月 16日]

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