第一夜

美しい森と清らかな湖が点在するとある王国。

その国の美しい森の一つ、その奥深くにある広大な湖の畔には、忘れ去られたように小さな古い城が湖を見下ろすようにそびえ立つ。


Clip by トリスの市場



その古城の一番高い塔の一部屋、外観からは到底思い付かないほどの華美な内装のその部屋に、姫君が一人。
白が基調の清楚なドレスを身に纏い、窓辺の長椅子に腰かけて、沈みゆく夕日と茜色に染まる水面を物憂げに見詰めていた。

艶やかな長い黒髪は結い上げられ、ほっそりとした細首が覗く。
本来ならば生気に満ちた大きな黒い瞳は、今は悲し気に涙をたたえていた。

(どうして...。どうしてこんなことになってしまったのだろう)

自分がこの古城の塔に閉じ込められるようになって既に半年。
なぜ、あの惨劇の後、自分だけが生かされたのか。
なぜ、今のような生活を、許せないまでも甘んじているのか。
なぜ......。
何度、自分に問いかけてみても、答えなど出ない。

ガチャリ

音と共に、勢い良くこの部屋の扉が開く。
ハッとして頭を上げると、それは予想通りの人物。
陽光をそのまま映しとったような輝く金の髪に、翠がかった碧い瞳。
彫りの深い整った美しい面立ちは絶対の自信をたたえていて。
決して華美過ぎないが、王族のみに許される美しい刺し文様の仕立てのいい衣装は、彼の長身と均整のとれた体格をよく引き立てていた。

その姿を認めると彼女は苦し気に眉根を寄せ、逃げようと長椅子から立ち上がった。
すかさず青年はツカツカと彼女に歩み寄り、その細腕を掴んで自分の方へと引き寄せる。

「......どこへ行くつもりだ?キョーコ」

「嫌っ! お兄様、放して! お願い、放してっっ」

キョーコと呼ばれた姫君は、必死で身を捩って青年の抱擁から逃れようとした。しかし、逆に彼の腕の力は増し、キョーコはしっかりと抱きすくめられて逃げられなくなってしまう。

「駄目だ。......逃がさない」

「レン兄様っ。こんな、こんな事はもう止めて下さい! 私達は父を同じくする兄妹では......んんっ」

ありませんか、という彼女の必死の訴えは、彼の唇に飲み込まれてしまった。彼は左手でキョーコの細腰を支え、右手で彼女の後頭部を押さえ込むと、そのまま触れるだけのキスを何度も繰り返す。時折キョーコの唇を舐めたり甘噛みしてはその先を促すが、キョーコは分かってはいてもそれに応えまじと、敢えて唇をぎゅっと固く結んでそれ以上の侵入を阻もうとした。

そんな彼女の様子に、レンは端正な顔にくすっと苦笑を浮かべる。そして、唇を塞いだまま、腰に回していた腕を上へと滑らせると、背中の留め具をプチプチと躊躇無く外していく。現れた柔肌に、大きな掌が直接触れた。

「!、駄目っ」

思わず上げてしまった声に、失敗したと気付くも時既に遅く、すかさず僅かの隙間から彼の熱い舌が入り込んで来た。舌を絡め取られ、吸い上げられ、我が物顔にキョーコの口腔内を蹂躙するその舌に翻弄され……、飲み切れぬ唾液が口端から溢れ出る。背中から入り込んだ彼の左手は、優しく彼女の肌理細かな素肌を撫でながら、流れるような動作で彼女を覆っているドレスを緩めていく。

「なぜ......ですか?」

彼の唇がやっと彼女の唇を解放し、頬からうなじへと、やんわりと食みながら移動し始めた時、わなわなと唇を振るわせながらキョーコは問うた。既に力は抜けて立っているのもやっとな身体は、彼の腕によって支えられている。

「キョーコ?」

「なぜ......あの時、お母様や他のお兄様、お姉様方と一緒に、私も殺してしまわなかったのですか?」

「ああ...、そんなことか」

啄んでいたうなじから顔を上げると、彼はくすりと笑った。

「キョーコ、君は私にとって、特別なんだよ。君だけは、旅の歌姫から産まれた私を蔑むこと無く慕ってくれたからね。他の異母兄姉妹(きょうだい)達と違って......」

だから、いち早く君だけをあの場から連れ去るように、事前にヤシロに命じていたんだ…、 さらりとそう答えた。

「わ、私はっ......」

「さて...。もう、日も落ちた。私は明日も朝から国務で忙しいのでね。語らうならば、奥に移動しよう」

更に言い募ろうとするキョーコをそう遮ると、既に背中の留め具を全て外されて、背中を曝け出しているキョーコを一瞥する。ドレスの重みで今にもはだけそうな胸元を必死で押さえ、羞恥に染まりながらも、勝ち気に睨みつける目の前の妹姫。思わず、レンの口端が上がる。

「……そんな顔をすれば、男を煽るだけだと言うのに、君は本当に可愛いね」

そう愛し気に見詰めると、綺麗な笑みを浮かべたままキョーコを軽々と抱き上げた。

「!、嫌っ、お兄様!!」

ジタバタと暴れるキョーコを気にすること無く、そのままカツカツと寝台のある奥へと移動する。

「お兄様、お願い、下ろして!レン兄様!止めて下さい、お願いします!」

「......否やは聞かぬと、そう教えたはずだが?」

レンは天蓋付きの大きな寝台の中央へそっとキョーコを横たえると、その手首を強く掴み、否応無く寝台に押し付けた。

「また存分に聞かせて?……君の可愛い歌声を」

どうして...。どうしてこんなことになってしまったのだろう。


繰り返し迫り来る激しい快楽の嵐に翻弄されながら、キョーコは思う。


美しい自然と澄んだ空気の肥沃な大地。
その恵まれた国土の恩恵のおかげで栄えて来たこの王国。
その国に、若き王が誕生したのはまだ半年ほど前のこと。

建国以来続いてきた王家は、その恩恵に甘んじ、血筋と古い因習にばかり固執し、民の声には耳を傾けぬ、執政者としては見下げ果てたものに成り果てた。その国の老王は、真っ当な、しかし、自分の意に反する意見を言う者達から悉くその地位を取り上げ、中央から排除し続けて来たからだ。自然、王の聞きたいことだけを言う者のみ徐々に上に集まり、自分達の都合のいいことを国王に吹き込んでいく。

長年の愚王の執政で溜まっていた不満があちこちで爆発し始めた頃、病に伏せていた老王が崩御した。
それを機に、志を同じくする臣下達の協力の元、自ら剣を持って立ち上がり、『王国』にはびこる『王族』という膿を取り除いて玉座に座ったのは、数ある王子の中でも最も身分の低い母親から産まれた、最も年若で、最も美しい、第三王子レン。
新しい王国の幕開けだった。

彼は、次期国王と目されていた第一王子を始めとする主立った王族達、彼らにはびこっていた身分と血筋のみ重んじる強欲な貴族達、そして、贅沢三昧の王妃や側室やその女官達……、没した王の葬儀のために王宮の大広間に集まっていた彼ら全てに容赦なく血の粛清を行ない、一掃した。
......ただ一人、末姫のキョーコを除いて。


キョーコは崩御した前国王の末姫として産まれた。隣国の王女であった第二正妃が産んだただ一人の娘、嫡出子の第五王女。勿論、父王には亡き前正妃や他の側室との間に幾人もの王子や姫君があり、キョーコの存在など政略結婚の後付けのようなものだった。彼女が他の兄王子や姉姫達に勝っているものがあるとしたら、それは単に母王妃の生まれとその後ろ盾に寄るものだろう。そう思っていた。

逆に、レンは何の身分も後ろ盾も無い、旅の歌姫から産まれた第三王子。たまたま宮中で催された宴の、その余興として呼ばれた歌唄いの美姫。その歌声と儚気な美しさに一目で心奪われたその国の王は、無理矢理彼女を召し抱え、側室の一人にしたという。その彼女も美しい赤子を産んで間も無く儚くなり、レンは何の後ろ盾も無いまま格式ばかり重んじる冷たい王宮に一人残された。

政略結婚で後妻として嫁いできた母王妃は、美しい人ではあったが虚栄心が高く冷たかった。亡き第一正妃との間に嫡出の王子はおらぬ歳の離れた老王に、世継ぎを与えることだけを望んでいた彼女にとって、キョーコの誕生は失敗以外のなにものでもなかったのだ。産まれたキョーコは女子で、しかも、それ以後彼女は子供の望めぬ身体になってしまったのだから。それが分かった途端、父王の関心も王妃とキョーコから離れた。
故に、王宮の中でも幼い頃からキョーコは完璧を求められ、些細な失敗にも母王妃に厳しく叱られた。

自分に無関心な父王に、完璧のみを求める母王妃。

勿論、幼い頃のキョーコは裏の事情など分からず、両親共に自分に関心が薄いのは、自分の不甲斐なさのせいだと思い込んでいた。

正妃の娘としてかしずかれ、一目置かれはしても、それ故に他の兄姉から遠巻きにされるキョーコはいつも一人だった。そんなキョーコに人目を忍んで優しく接してくれたのは、母親の身分故に同じ王子でありがながらも蔑まれていた4才年上のレンのみ。別の理由でいつも一人だった彼に、キョーコもまた自然と懐いた。勿論、母王妃の目を盗んでこっそりと、だが。

キョーコにとって、レンの存在は寂しかった子供時代の唯一の光、心の拠り所だった。 勿論、成長と共に王宮を離れがちになったレンと疎遠になったのは事実。それでも、たまにでも会える日をいつもキョーコは心待ちにしていたのだ。
しかし、ある日を境にレンはキョーコを完璧に避けるようになった。
それがなぜか分からぬまま、数年。

そして、半年前。
父王の崩御と共に、レンは手中に収めていた軍を率いて反乱を起こし、王宮に攻め入って、母王妃や他の王子、王女、その母親達に至るまでを惨殺した。

ゆっくりと意識が浮上し、薄っらと瞳を開けると、窓の外に見えるのはまだ夜明け前のほの暗い空。
キョーコはゆっくりと身を起こした。
大きな寝台の上に、今はキョーコ一人しかいない。
しかし、一糸纏わぬ己の姿と体中に残る倦怠感、そして……

(!!)

身体を起こした拍子に、とろりと内股を伝う体液の感触。ここで何が行なわれたか事細かに思い出されて、キョーコの頬がカァッと羞恥で染まる。

(どうして......)

あれほど嫌だと抵抗しても、結局最後には受け入れてしまう。レンによって開かれ、慣らされたキョーコの身体は、嫌がる心とは裏腹にレンから与えられる快楽を悦んでいた。

(レン兄さまは、私を生かしておくの......?こうして慰み者にするため......?)

ぼたぼたと涙が瞳から溢れ出る。悲しくて......悔しくて......抗い切ることのできない自分が汚らわしい。
レンが憎くて......でも、憎み切れない自分もいる。

ただ王女というだけで、誰も顧みない自分に、唯一優しく接してくれたレン。
誰よりも、大好きな、大好きな、異母兄(あに)。自分ほどの想いはなくとも嫌われてはいないと信じていたのに、それすらも思い上がりだったのだろうか。


あの惨劇の混乱の最中、キョーコのみレンの腹心の副官、ヤシロに連れ出され、難を逃れた。とは言え、果たして今のこの状況は、難を逃れたことになるのか......。
いつのまにかこの古城の塔に連れ去られたキョーコは、現れたレンにそのまま組み敷かれ、全てを奪われ......、閉じ込められた。ここでキョーコが顔を会わすことが出来るのは、身の回りの世話をしてくれる一人の侍女と老夫婦、......そして、レンのみ。
どうやら彼女の生存自体、公にはなってないらしい。

惨劇後の混乱する王宮、そして国内を、レンは新国王として堂々と振る舞い、如才なく取り締まっていると言う。古い因習を廃し、新しい制度を組み入れながら。
そんな忙中、それでも、レンは三日と空けずにこの古城に訪れる。
偏に、キョーコと夜を共にするためだけに......。


こんな歪んだ関係、許されるわけは無いのに。


キョーコは王宮のある方向を眺める。その頬に、また一筋の涙が流れた。

薄っらと明るくなり始めた朝靄の中、若き王を乗せた漆黒の馬は森を抜け、王宮へと駆けていく。 城門に辿り着くと、その姿を認めた門番は深々と一礼し、無言のまま静かに彼らが通過出来るだけ門を開けた。
馬番に愛馬の世話を頼んで、ツカツカと王宮の私室へと向かうと、待ち伏せていたらしい理知的な顔をした薄茶色の髪の文官が目に入った。

「おはようございます。思ったよりお早いお帰りで、国王陛下」

彼は恭しく頭を垂れながら、慇懃無礼にそう述べた。

「おや、もう起きていたのか、クー・ヒズリ」

レンは相手の厭味など気にもせず、すっきりとした笑顔でそう返した。

「......やることが山積みでありますれば、老体に鞭打ってでも早目に行動を起こした方が良いかと」

「ククッ、よく言う。まだ40半ばのくせして。これからたっぷり役に立ってもらうから、そのつもりで。宰相どの」

「ふぅっ。『立ってる者は親でも〜』とはよく言ったものですな」

やれやれと大袈裟に溜め息を吐きつつ後から付いて来るヒズリにクックッと笑いながら、二人は無人の長い回廊を渡って行く。

「......ところで、あれの首尾はどうなっている?」

「全てご希望通り。わたしの分家の一つに話は通してあります。新国王と縁付きになれるとなれば、喜んで養子縁組を承諾するでしょう。娘の素性にも特に疑問は持ちますまい。幸いあの方は成人のお披露目前で、王宮内でも素顔を見知ってる者はほとんどおりませんからな」

「......もう一つの方は?」

「そちらも予定通り。既に後宮は無人でしたから、建物自体を解体するのは簡単でした。今は陛下の望み通りの、美しい白亜の離宮を建設中です」

カツカツと回廊を渡ると、建設中のその建物が窓越しに目に入ってくる。
レンは翠がかった碧い瞳を細めてその建物を見上げた。
小さいながらも凛と立ち、気品ある造りの美しい離宮。
……それは、ただ一人の愛しくてたまらない、彼だけの姫を迎えるためのもの。

「いつ完成する?」

「そうですね。後一月と言ったところでは」

「......そうか。待ち遠しいな」

「わたしどもと致しましても、陛下が毎晩のように供も付けずに森の奥へ遠出なさるのは、よしとしませんので......」

そう言って、にこりと微笑んだ。その瞳は、翠がかった薄茶色の瞳。


20数年前、金髪碧眼の一人の旅の美しい歌姫が、緑の森と蒼き湖の古き王国に訪れた。そこで彼女は恋に落ちる。薄茶色の髪に珍しく翠がかった薄茶色の瞳の、才気溢れる下級貴族の青年に。歌姫はその青年にのみ真実の愛を歌い、その青年もまたその手を取った。密かに愛を育んでいた二人を引き裂いたのは、その歌姫の美貌と歌声に魅せられた黒い髪に黒い瞳のその国の老王。後宮に入れられ、月満たずして産まれた美しい赤子は、金の髪に翠がかった碧い瞳。
...誰もが母親似だと疑わなかった。



「後一月か......」

その頃には全てが揃う。
キョーコを迎え入れるための立場も、住まわせる離宮も。
そうして閉じ込めたら、もう決して放さない。
一生閉じ込めて、私だけの虜にしよう......。

大切に、大切にするから、ずっと私のためだけに歌って欲しい。
愛という名の鳥籠の中で……。


秀麗な顔に笑みを浮かべて、レンは古城の塔の姫君に想いを馳せた。




And that's all......?



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markura
(September 13, 2009)


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・洋館もしくは古城を舞台にした、西洋ミステリー又はサスペンス風味なお話
・大まかな設定では"謎持ち側×謎追い(翻弄される)側"といった感じで
・あとの細かい設定などはmarkura様にお任せ〜
・あとはクーの出演希望です。レイノもちょこっと出して頂けると面白いかと

…とありました。
レイノを出すことは叶いませんでしたが、『古城』と『クー』と『翻弄されるキョコ姫!』はクリア!『細かい設定などはmarkura様にお任せ〜』の部分だけ大いに活用し、『西洋ミステリー又はサスペンス風味』と言うより、『西洋禁断?風味』になってしまってますけど。
一応、謎と言うか、秘密持ちのレン王子がキョコ姫を翻弄してます……よね?
翻弄の意味が違う!…なんて突っ込みは無しで。
		

[2009年 9月 16日]

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