月光の奇跡



ゴオォォォォォォーーーーーーッッッ


全てを覆い尽くすかの勢いで、業火が寂れた古い教会......、ユリアの馴染みの孤児院を包み込む。


「いやぁぁーーっっ、アルッ、アルッ」


辺りに響く少女の悲痛な声。
今しも炎の中に飛びこもうとする少女を周りの男達が引き止めるが、それでも少女は必死に暴れて振り放そうとする。


ピシ、ピシ、ドドーーーンンッッッ


荒ましい轟音と共に、焼け落ちて行く建物。


「いやぁぁぁぁーーーー......!」

その惨状を目の当たりにして、ガクッと力なく膝をつくと、ユリアはそのまま意識を手放した......。

孤児院での火災は、たまたま町を訪れていた謎の男達の助力もあり、建物自体は焼失したものの、周りへの被害は最小限に押さえられた。数人の軽い火傷や傷を負った者以外、幸運にも死傷者は出ず、古い孤児院の焼失は単なる火の不始末からの火事と片付けられ、そこにいた子供達も方々に散らばる孤児院にちりぢりに引き取られて行くことになる。

......そうして、そのまま真実は闇へと葬られた。

孤児院に身を寄せていた少女、ユリアは、その焼失と共に由緒あるとある家系に望まれて保護された。しかし、一夜を境に彼女は忽然と姿を消し、以来その姿を見た者はいない。

時折、彼女によく似た風貌の娘が背の高い黒髪の青年を伴って現れた、と噂が立つこともある。決まって、不可解な事件が起こるとどこからともなく現れ、その解決に力を貸すとまた忽然といなくなる。神出鬼没なその二人の活躍は、関わった者達の口から広く語り継がれ、伝説として至る所に今も残る。

......すべては遠い過去の物語。


ー エピローグ ー

都心から大河沿いに少し離れた所に位置した、格式高いマナーハウス。
ここら一帯の荘園主の館は、広々とした美しい庭園にぐるりと囲まれた一見普通の邸宅だが、木々や植木の種類や配置は複雑な呪式を模し、屋敷自体にも魔除けの呪文が敷石に刻み込まれている、堅固な対魔用の要塞でもあった。
その屋敷の奥の一室に、一人の少女が軟禁されていた。

「......あの化け物はもういない。諦めろ」
「.........」

天蓋付きの立派なベッドに横になって塞ぎ込んだままのユリアに歩み寄って冷たく言い放つ男。
金に近い薄茶色の短い髪に、指輪にピアスとチャラチャラしたアクセサリーを身に付けて、いかにも軽薄そうな印象を与えるその男は、実は優れたヴァンパイア・ハンターの家系に生まれた次期当主。
ユリアは無言のまま男に背を向けている。

「あのヴァンパイアから助け出してやったというのに、随分な態度だな」

「......私は、アルに捕らわれてなどいなかったし、アルだって悪さなどしてなかったわっ。あなた達が勝手に現れて、勝手にーー......っ」

言葉に詰まる。 自分が盾に取られたせいで、アルはあの罠から逃れられなかった。自分さえ足枷にならなかったら、彼が危険に身を晒す必要など無かったのに。

「......ヴァンパイアは、人を魅了し、利用する。虜にされた者に気付け、と言うのは無理な話だが......その先にあるのは破滅だけだ」

「それは、あなた達の勝手な偏見と解釈でしょう?!」

ユリアはがばっと起き上がって、目の前の男を睨みつけ、食って掛かった。
ヴァンパイア・ハンターと言えば聞こえはいいが、その多くは異形の者と見れば無差別に攻撃し、惨殺するか、契約を介してその特殊能力を使役し、利用している集団だ。今回だって、アルが実際何をしたというわけでもなく、襲って来た。
......確かに、自分と出会う前には色々しでかしたらしいけども、どのような形であれ、一旦人間と契約を結んだヴァンパイアを理由無く攻撃してはいけないのが、暗黙の了解のはず。それなのにーー!

ユリアの何事にも恐れぬ、真っすぐな強い眼差しを、その男は逆に興味深気に見返した。

「......また、来る。まあ、時間はたっぷりあるしな」

そう言うと、男は不敵な笑顔を浮かべながら部屋を出た。


カツ、カツ、カツ、カツ......

小気味良く靴音を響かせながら、男は灯籠に照らされた長い回廊を進む。とうに夜は更け、辺りを覆うのは静寂ばかり。
......全ては彼の思惑どおりに運んだ。
にやり、と男は無意識に唇の端を釣り上げ、ほくそ笑む。
......邪魔なあのヴァンパイアはもういない。
如何に巨大な魔力を誇る純血のヴァンパイアでも、己が血の盟約の主人を盾に取られ、あの業火の中では為す術もなかっただろう。
後は、時間を掛けてあの希有な娘の身も心も自分の物にするだけだ。

カツン

一瞬、視野の片隅で何かが動いたような気がして、男は歩を止めた。
辺りを見回すが、誰の、何の、気配も無い。

「......気のせいか?」

男はそう思い直して、再び歩を進めようと思ったが......、一瞬浮かんだ不安にくるりと踵を返し、慌ててユリアのいる部屋へと駆け戻る。

バンッと音を立てて、勢いよく部屋のドアを開けた。


ひゅうぅぅぅぅーーーーー............


ドアを開けたと同時に、吹き付けてくる風。
......この部屋の窓と言う窓、扉と言う扉は内側から鍵を掛けてあった上に魔除けの印が刻まれ、閉め切ってあったはず。
......あの娘が開けられるはずが無い。

慌てて部屋の奥へ駆け込むと、少し前までベッドに横たわっていた娘はおらず、ベランダへと続くガラス戸は大きく開け放たれたまま。
吹き込む夜風に翻るカーテンと辺り一面に散らばる純白の芥子の花びら。
そして、僅かな、しかし、間違えようの無い残り香。

「............」

無言のまま ぎりっと唇を噛み締めながら、 ヴァンパイア・ハンターの若き次期当主は窓から広がる闇夜を睨みつけた。


**

Vampire_R
『甘今想最』ともにょ様画



サァーーーーッッ

あの男が出て行った後も、ベッドで泣き伏していたユリアは、僅かな外気の流れに気付いて顔を上げた。
瞬間、ベランダへと続くガラス戸が開け放たれ、入り込んで来る真っ白な花びら。静かに風に舞うそれらは次第に花竜巻と化し......。その中から現れた黒い影は、妖しく赤い双眸を光らせて、月を背に静かに佇んだ。

「.........っっっっ!!」

ユリアはがばっと起き上がり、両手を口に当てて、夢でも見ているのかと疑った。感極まって声さえ出ない。

「......お加減いかがですか?マスター・ユリア」

些かも動じた様子の無い、耳に心地良い、いつもの聞き慣れた声。

「......アル?本当にアル?」
「他に誰に見える?」

からかうように返すその言葉が終わる前に、ユリアはアルに駆け寄り、その首に抱きついていた。

「アルッ、アルッッ!!夢......じゃないのね?!よ、良かった。良かったーーっっ。無事だったのね!」

良かった、良かった、と繰り返しながら子供のように泣きじゃくるユリアの背を優しく摩りながら、暫し二人はお互いの温もりに酔いしれた。

離してくれないと、顔が見えませんよ?
その声に促されて、啜り泣きながらユリアはやっと腕を離す。
見上げた先にあるのは端正な顔。いつもの 余裕綽々で厚顔不遜な 私の、私だけのヴァンパイア。

......もう二度と会えないかも知れないと思った、かけがえの無い存在。

どちらからともなく、二人の距離が縮まり、そのまま唇が重なる。
お互いの存在を確かめ合うように啄むように始まったそれは、次第に解れ、情熱的なものへとなっていく。
充分に唇の感触を味わい、舌を絡ませて、互いの熱を交換し合い......。
いつの間にか貪っていることに気付いたアルカードが、ゆっくりと顔を離そうとすると、喘ぎながら 切なそうにユリアが見詰め返す。

黙ったまま柔らかく微笑むと、アルカードはユリアを抱きかかえて、ベランダへと向かった。

......そうして、二つの影は夜の闇へと溶け込んで行った。


〜 Moonshine END 〜

**

「カーーーット!!これにて『ムーンシャイン』はクランクアップだ!みんな!ご苦労だったな!」


新開監督の声がスタジオ内に響き渡る。
それを合図に、一瞬辺りが静まったと思ったら、一斉に歓声にすり替わった。
一つの作品が出来あがる......、その達成感を皆共有しているのだろう。

終わった......、やっと......。

俺も感慨深気にその光景を眺めていた。
思えば、長かった......。この映画の始まりから終わりまで、どれだけ恋愛音痴のあの二人にやきもきさせられたことかーー!
キョーコちゃんは相変わらずのとんちんかんな恋愛感覚で己に芽生えた想いを無視するわ、無邪気な天然っぷりで、蓮の嫉妬を煽るわ......。
蓮は蓮で、役どころに便乗して必要以上にスキンシップを図ろうとするくせに、二の足踏んでて中々告白しないわ、独占欲だけは一人前だわ......。
やっとのことで蓮の奴がキョーコちゃんに告白したと思ったら、あくまで蓮の冗談だと思い込んで、本気にしないどころか蓮から逃げ回るわ、蓮は蓮で深海の底まで沈むんじゃないかと言うくらい落ち込むわ......。

周りがユーフォリアに酔う中、俺は遠い目で過ぎ去りし日々を思い出していた。

あの二人の動向に歯痒い思いをしつつも、陰になり日向になり応援し、どれだけ神経をすり減らした事か。しかし、過ぎた事はもういいんだっ。やっとのことで二人が纏まり、晴れてつき合うことになったんだからっ。

映画の製作も無事済んで良かったが、俺としては最も難関だった二人の関係が進展した奇跡に、人知れず心の中で滂沱の涙を流していた。

ふと気付くと、スタジオのセットの上にいたはずの主演二人の姿が見えない。
さーーーーっと俺は血の気を失う。

おいおい、おいおい、おいっ。蓮の奴、キョーコちゃんをどこへ連れ去った?!
キョーコちゃんとつき合う事を斡旋していた俺ではあるが、まだ二人の関係を公表するわけには行かないんだぞ!
頼むから人目に付くような行動だけは控えて......

少々焦りながら、二人の姿を探して楽屋の方へ向かうと、それぞれの役の衣装のまま、キョーコちゃんを横抱きにして、優雅に歩を進めている蓮の姿。

「敦賀さん〜〜。恥ずかしいですぅ。一人でも歩けますから、もう降ろして下さい〜〜」

頬を真っ赤に染めて、うるうると上目使いで蓮を見上げている、キョーコちゃん。
蓮はぴしっと固まったように無表情になり、暫く無言でキョーコちゃんを見詰めていたが、

「......勿体無いな」

とぽつんと零した。

「?、何がです?」
「アルカードとしてユリアに触れられるのはこれで最後なんだよ?なんだか名残り惜しくて」

世の女性が見たら一瞬で蕩けしまいそうな、慈しむような眼差しでキョーコちゃんを見詰めている。
ん?それってどういう意味だ?おまえ達二人、つき合い始めたんだから、役柄関係無しにこれから堂々と触れられるだろう?勿論、限度は考えて貰うが。

「そうですか?ちゃんと巧く、『ユリア』を演れていました?」
「勿論。申し分の無い相手役でとてもやり甲斐があったよ」

くすり、と 微笑みながら蓮が返答する。
少し苦笑が混じっているのを俺は見逃さなかった。

「本当ですか?」

蓮の言葉に、即座にぱぁーーーっと花が綻ぶような笑顔を浮かべるキョーコちゃん。
いや、冗談抜きで花びらが舞っているような気がするよ。
そんな可愛い笑顔を至近距離で拝んだりして、蓮の奴、理性の方は大丈夫か?

楽屋の前でキョーコちゃんをそっと降ろすと、名残り惜しそうにその頬を片手で撫でる。

「早く着替えておいで、待っているから」

蓮のその言葉にキョーコちゃんは柔らかく笑うと、ドアの向こうへと消えた。
そのまま蓮の奴を観察していると、蓮は右手で口元を覆って真っ赤になっている。
......こんな顔を蓮にさせられるのも、キョーコちゃんぐらいだよな。

そのまま、くるっと反転して、壁に背を預けると、おもむろに はぁーーーっ、と深い溜め息を吐いた。

ん?なんだその反応?念願の彼女を手中に収めて幸せ一杯の男には似つかわしく無い仕草だな......。
訝し気に思いながら近付くと、そんな俺に気付いた蓮と目が合う。

「蓮、お疲れ。どうした?疲れてるのか?」
「いえ......、別にそう言うわけでは......」

......昨晩もキョーコちゃんをマンションにお持ち帰りした奴が何を言う。俺は冷ややかな目で言葉を続けた。

「ふ〜ん。まあ、つき合い始めてラブラブの二人の邪魔をするような野暮な事はするつもりはないけどね。キョーコちゃん、まだ未成年なんだからな。程々にしとけよ?」

「......失礼な。俺が一体、彼女に何をすると言うんです」

「おまえ、あれだけ『映画の演技指導』と称して彼女に好き勝手教えていたくせに...。忘れたとは言わせないぞっっ」

......よくもまあ、抜け抜けと言えたものだ。

「......キスだけですよ?『ムーンシャイン』にはあからさまなベッドシーンがあったわけでは無いし、そう騒ぎ立てる程のことでもないじゃないですか」

......当たり前だ!!おまえ、そんなシーンがあったら何してたと......、と突っ込みたい言葉は必死で飲み込む。

「蓮、キョーコちゃんのあの汚れない笑顔を見て何も思わないのか?」

お兄さんは心配だよ......、と大袈裟にフルフルと頭を振ってみせる。

「......だから、困っているんじゃないですか」

はぁーーっとまた深い溜め息を吐く。
ん?どういうことだ?

「彼女のあの信頼に満ちた汚れない瞳で見詰められると、欲望に塗れた自分が情けなくなって......」

おや、おまえ、ある程度自覚はあったんだな。

「昨晩も、仕事の後夕食を作りに来て貰ったんですが......」

知ってる。

「食後にラウンジのソファで寛いでて......、その内いい雰囲気になったからつい彼女にキスしてしまったんですけど......」

ふむ、まあ想定内の行動だ。
俺は、あいつの無駄に広いラウンジの 窓から広がる夜景と、ソファにちょこんと座っているキョーコちゃんに覆い被さり、貪るようにキスする蓮を脳内で思い浮かべていた。

「キスだけだったら、ある程度免疫付いたかな、と思っていたんですけど、そうでも無いみたいで」

どれだけ長い間、彼女の唇を堪能していたのかは知らないが、(やっと)離したら彼女の顔は羞恥で真っ赤に染まっていたらしい。そのまま ポスンと蓮の胸に顔を埋めてしまって中々顔を上げなかったそうだ。

キス一つで真っ赤になるだなんて、それでこそキョーコちゃん、天然記念物乙女!
容易にその時の情景が頭の中に浮かび、俺は思わず、くすり、と笑みを零した。

「ん?おまえ、それって......。じゃあ昨晩、キョーコちゃんはおまえのとこに泊まって行ったわけじゃないのか?」

「何、馬鹿な事を言っているんです。ちゃんと日付が変わる前に彼女を下宿先に送り届けましたよ」

当たり前じゃないですか、と俺を見返す。
ふむ、そこら辺はちゃんと筋を通しているんだな。

「......おまえさぁ、役になり切っていた時は結構強引じゃなかったか?」

「あれは、まあ......。仕事だと彼女が割り切っていた分、こちらも便乗してやり易かったと言うか......。でも、プライベートでは彼女の意志は出来る限り尊重したいですし......」

真っ当なのか、そうでないのか、よく分からぬことをのたまう俺の担当俳優。
つまり、こういうことか。アルカードとしてならかなり強引にユリアに迫れても、プライベートでキョーコちゃんにするのは戸惑われる......と。だから、役から離れるのが名残惜しいなんて言ってたんだな。キョーコちゃんは分かってなかったみたいだが。

「昨日も、食器を片付ける時にちょっと指先が触っただけで、ぽっと赤くなるし......。彼女のあの初々しい反応を見ると、触れたいと思う反面、これ以上したら嫌われるんじゃないかと躊躇してしまって......」

可愛かったなぁ、とその時を思い出しながら零す蓮。
おまえ、それは惚気か?悩みなのか?どっちなのか?

「まあ、いいじゃないか、蓮。そうやって少しずつ愛を健全に育んで行くのも......」

俺は、うんうんと頷きながら、蓮に伝えた。
てっきり(蓮の映画撮影での迫り具合から見ても)つき合い始めたばかりとは言え、もうとうに一線を越えているのだと思い込んでいたが、ちゃんと手順は踏んでいるのか。
お兄さんは、ほっとしたよ。
恋愛初心者の二人にはそれぐらいが、ちょうどいいんじゃないか?
そうやって、少しずつお互いの距離を縮めて行くのも、恋の醍醐味ってもんだ。


「確かに、頭では分かっているんです。でも......、彼女の無防備な何気ない仕草に、時々箍が外れそうになって......」

そんな俺の心の安堵を覆すように、はぁーーっと深い溜め息と共に吐く蓮。
その様がまた艶を含んでいて......、危ない。

即座に俺は、映画の中のアルカードが、初めてユリアを無理矢理抱いたシーンを脳内で再生していた。
あの場面は断片的なフラッシュバック形式で、二人が実際にベッドシーンを演じた訳では無いのが、その部分描写がかなり強烈で......、想像を刺激する分、俺の心配もかなり煽った。
まさか、俺の心配が現実になる、何て事は無いよな?!
そりゃ、おまえは既に二十歳過ぎたれっきとした大人の男ではあるが......。
キョーコちゃんはまだ高校生だぞ?おそらく、「おつきあい」というものに、乙女チックな夢を馳せているはずだ。

「蓮?彼女の事を大事に思うなら、無理強いはいけないぞ? 無理強いはっっ」
「分かっていますよ......」

憂い顔でそう答えられても、信憑性に欠ける!
そんな時、カチャリ、という音と共に、着替え終わったキョーコちゃんが楽屋から出て来た。

「あれ?敦賀さん、まだアルカードの衣装のままなんですか?」

どうしたんです?そろそろ打ち上げに移動するんじゃないですか?と、なんの疑いも無く聞くキョーコちゃん。

「ふふ、つい、社さんと話し込んでしまってね。俺も、すぐ着替えて来るから」

さすが実力ナンバー1と称される俳優、敦賀蓮。俺と違って些かの動揺も見せずに無難にそう答える。しかし、そのまま自分の楽屋へと向かおうとした蓮のマントの裾を、キョーコちゃんがきゅっと掴んだ。

「?、最上さん?」
「あ、ごめんなさい!これで、敦賀さんのアルカードも見納めなんだな...、と思ったらつい名残惜しくて......」

真っ赤になってキョーコちゃんが答える。

「......。どうして?」
「だって、敦賀さん......。アルカードの時の方が私に触れてくれたから......

少し不貞腐れたように、ポツリと零したキョーコちゃんだが、次の瞬間、自分の言った言葉に はっと気づいて慌てて両手を左右に振って誤摩化そうとする。勿論、この好機を逃すような蓮では無い。
......キョーコちゃん。狼を喜ばすような餌を与えてどうするのさ。

「ふ〜ん、もしかして、物足りなかった?キス止まりで......」
「!、いえっ、決してそう言うわけではっっ」

瞬時に艶っぽい雰囲気を醸し出して、キョーコちゃんに にじり寄る蓮。

「姫の望みとあれば、ご期待に添えるよう、頑張りますよ?......なんなら、今夜にでも......」
「つ、敦賀さん?今晩は打ち上げがあるでしょう?」
「その後からでも、充分時間はあるよ?......夜は長いのだから」

......キョーコ、と囁きながら、彼女の手を取り、その甲に口付ける。


ザーーーーー...............

俺は、目前に繰り広げられている気障な男の言動に砂を吐く。
おいおい、ここがまだスタジオ内だって......、いや、俺がすぐ傍にいる事自体、忘れているだろう?
さっきまで、殊勝?に俺に相談していた男はどこに行った!


コツ、コツ、コツ.........

こちらに近付いて来る靴音に気付いて、俺は直ぐさま いちゃついている二人を楽屋に押し戻し、バタンとドアを閉めた。


ドアを背に、天井を見上げながらふーーっと息を吐く。
二人が纏まってくれさえすれば、心の平安(並びに胃の調子)は守られると思っていた俺。
しかし、どうやら俺の気苦労は別の形でこれからも続くらしい......。


May 18, 2008 by markura


後書き: 200打キリ番、もみー様のリクエストは「蓮キョで、お付き合いしたばかりの初々しいキョーコになかなか手を出せないヘタ蓮にアドバイスをする社さん(もしくは裏で面白がってる社さん)」でした。アドバイスしていると言うより、専ら聞き手で突っ込んでるだけのような気がしますが......。しかも、裏で面白がると言うより、逆に気苦労が絶えません。しかし、こんな優しいお兄さんの助力?があってこそ、二人の愛も育まれるのではないかと......。
タイトルの選択は「月光」と映画名をかけ、一話:発端、二話:誘惑・動揺、三話:結末、を示唆しております(のつもりです)。


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