「............。(はっきり言って、この状態は男として嬉しく無い)」

「兄さん♪どうしたの?」

ふふふ〜ん、と鼻歌歌いつつ、背後でしこしこ『兄』の背中を流してるセツキョーコ。

「............。(たとえセツ憑きだからとは言え...こうもあからさまに平然とされると...)」

「兄さん? 背中だけじゃなくて、前も洗おうか?」

「!!!(異性として全く意識されてないと叩き付けられてるも同然じゃないか!!)」


しかし、と蓮は思い留まる。
相手は普段はおいそれと触れることも憚る天然記念物並み純情乙女。
『セツ』ならば、『カインを溺愛してる超ブラコン妹』としてならば、果たしてキョーコはどこまで許してくれるのだろう。

(これは、これで滅多に無いチャンス...か?)

そこに思い至って、蓮はにやりと笑む。勿論、背後のキョーコには見えないように。

(折角、最上さんがセツらしく奉仕してくれてるんだ、それに応えようじゃないか)

ククク、と心の中でターゲットへ不敵な笑みを贈る。
感知したならば、いや、普段のキョーコならば、まさに脱兎の如くバスルームから逃げ仰せたのであろうが...、このセツキョーコ、目前の鑑賞物解析に夢中。
拘ったらとことん拘る典型的正統派B型性格が裏目に出たと見える。

蓮はくるりと上半身のみキョーコの方へ振り向くと、がしりと右手でキョーコの左手首を掴み、左手は止めていた蛇口へと伸ばした。

「......に、い...?」

蓮の突然の動作に、キョーコの瞳に戸惑いが現れる。
その反応に幾分ほっとしながら、蓮はシャワーヘッドをキョーコに向けて、いきなりお湯をかけた。

「キャー!! に、兄さん! いきなり何するの! まだ服来てるのに、びしょ濡れじゃない!」

「......俺がする」

「...はい?」

「今度は俺がする」

「え〜と、俺がするって......、何を?」

「決まってる。今度は俺がお前を洗ってやる」

「な、に言ってるのよ。私、まだ服着てるのよ?」

頭からポタポタと雫をたらし、そろそろと後退し始めるキョーコに向けるは、問答無用の微笑み。

「セツこそ何言ってる。いつもは平気で下着姿のまま俺の前をうろうろするくせに」

『いつもは』と強調する。
演技に真剣に取り組む彼女ならば反応する一言。
考える間も与えず即座に彼女の片腕をぐいっと引き、その反動で倒れかけた彼女の耳元へぼそりと囁く。

「...それとも何か? 俺に脱がして欲しいのか?」

かあっと一気に朱に染まる耳端に満足して彼女を解放すると、必死に平常心を装おうとしてるのが伺える。

「違うわよ! でも、兄さんだって知ってるでしょ! 私は兄さんと違って烏の行水は嫌なのよ!」

美容のためにも、ゆっくり半身浴は基本でしょう!
ふふんとあくまでセツらしく切り返す彼女に半ば感心しながらも、退路は開いてやらない。
無言のままバスタブの栓を締め、シャワーから蛇口へと切り替えお湯を張り始める。
ドボドボと音を立ててみるみる内にたまるバスタブ。

「折角だから、貰ったバスソープのサンプルでも試すか?」

そう言って、無造作に一つ取り、中身をバスタブの中に垂らす。
お湯が溜まる勢いに応じて、もこもこと泡が立ち始めた。

「...この勢いなら、すぐ溜まると思うぞ? ......何恥ずかしがってる。風呂なんかいつも一緒に入ってる ...どころか、いつもなら俺が入ってるところにお前が乱入して来るじゃないか」
 
「!! そ、そうよね!」

赤くなったり、青くなったりしてるのだろうが、気付かない振り。
そろそろ降参かな? と思いつつちらりと視線を向けて...ぎょっとした。

今度こそ浴室から脱兎の如く逃げ出すだろうと踏んでいたのに、背をこちらに向けて、濡れた衣服を脱ぎ始めたキョーコがいる。

(くっ。なんだ、あのエロ可愛い黒い上下の下着は! 彼女のチョイスではあるまい?!)

誰だ、あんな心臓に悪いの彼女に選んだヤツ!...と脳内では自称『美容業会の魔女』の童顔が過るが、分かっていても責めたくなる。


全体的に華奢だが、無駄な肉などなくバランスの取れた肢体。
小振りだが、形の良い可愛いお尻...が彼女が床にかがんだ拍子に強調される。


「......!!!」


目に入った思わぬ景観に蓮は口元を手で覆った。キョーコがこちらを向いてないのは僥倖である。
ジャボン、とバスタブの中に身を沈め、背を預けた。
ぼんやりと浴室の天井を眺める。

(誘ったのは俺だが...。ふ〜ん、あくまでそう来るか。ここで逃げたら逃がしてあげたのに...)

ふっと蓮の纏う空気が瞬時に変わった。
まさに息を潜めて獲物を狙う、獣のように。







大人しく押されるばかりの蓮では無かったのです...が、キョコちゃん、逃げてーーーっっっ

拍手掲載日[2010年 8月 16日]


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