Valentine Memory

ACT148 続き妄想

ガヤガヤガヤと雑多な人々が行き交うテレビ局の回廊。

「......ふぅっ」
「尚、お疲れさま。今すぐ車を回して来るから、ここで飲み物でも飲みながら休んでいて」
「ありがと、祥子さん。早くね」

バチッとウィンクしながら渡された飲料水の缶を受け取り、ソファで足を組む尚のしぐさは、いつも通り自信満々。
そんな仕草すら格好良く見えるのだろう、そこかしこで黄色い歓声が遠巻きに聞こえる。

怒濤のバレンタインデーから早数日。
その日が来るまでの仁王像化していた時とは真逆に、ここのところの尚はすこぶるご機嫌だ。
言うまでも無く、あの日、キョーコに......、いや、『キョーコ達』に切り札的な何かをしでかして来たことは最早疑いようが無い。
それが何なのか、知るのが恐ろしいような、怖いような......そう思い巡らしながら、祥子は地下駐車場へと向かった。何はともあれ、自分の担当アーティストへの良い影響が持続してくれるのであれば、祥子に文句は無い。
逆に、祥子が心配してるのは尚のこのユーフォリアが覆された時。
ビーグールの件は結局勘違いだったとは言え、もしキョーコに確定的な『何か』が起こった時、一体尚はどう反応するのか......、祥子としてはそれを想像するだに恐ろしい。

(ま、杞憂だとは思うけれど......、ね)

ふぅっと溜め息を吐くと、祥子は心配事を振り切るかのように首を振った。


「フンフン♪、フフン、フーーーン♪」


一方、休憩中の、今やトップアーティストと称される不破尚は、喉を潤しながら鼻歌すら歌っている。
周りの黄色い歓声すら、今の彼には単なるBGM。何たって彼の脳内は、自己満足のファンファーレが鳴り響いているのだから。


ザワッ


そんな中、周りの空気が、ざわめきが、一瞬にして色を変えた。
周りが騒がしいのは変わりないが、今まで自分に集中していた視線が別のモノへと移って行く、そんな感じ。覚えのある展開に、尚はゆっくりと顔を上げた。
案の定、視界に入って来たのは、憎らしい程優雅に歩を進める長身の男。
半歩遅れて付いて来る己のマネージャーに耳を傾けつつ、こちらへと近付いて来る。
以前と同じような展開。でも、分は自分の方にある。
そんな根拠の無い優越感と共に、尚は自分の足を傍迷惑にも往来に延ばし切ったまま、蓮が間近に来るのを待った。


カツン


蓮の靴音が、尚の延ばされた足の一歩手前で止まる。

「......やあ、また君か。こんな風に足を延ばしてると危ないよ?」
「......悪いね。誰か近付いてくるって分かったら引っ込めたんだけど、気付かなくって」

性懲りも無く、尚は不敵に微笑んだ。
蓮は蓮で、紳士的な営業スマイルを崩さない。にーーっこりと笑いながら更に一歩進み、おもむろに尚の足を踏みつける。

「!!??☆△※@XX---!!!」
「......だから言ったろう。そんな風に足を往来に延ばしてると危ないって」

あくまで温和な表情を崩さずに言い捨てる蓮が、尚にとっては堪らなく腹立だしい。
そのままさっさと歩き去ろうとする蓮に尚は、なおも話しかけた。

「......今年も随分と沢山頂いたそうですね?敦賀サン」
「.........」

無言で振り返った蓮に、追い打ちをかけるように尚がのたまう。

「バレンタインですよ、バレンタインのチョコ。今年も記録に残る程の量だったと小耳に挟みましたよ」

そんな事実、今までの尚だったら、小耳に挟むことすら拒否したろう。

「......そういう君こそ、凄かったそうじゃないか」
「ああ、皆さん、義理堅いから。ほとんど社交辞令だと思いますけどね」

さも謙虚に答えるが、勿論尚が言いたいのはこんなことじゃない。

「......でも、どんなに沢山貰っても、どんなに最高の口どけの高級チョコレートでも、ほんとに欲しいただ一つが貰えねば意味ないですよね?」

ふふん、と不敵に微笑う。

「......確かに、君の言う通りだよね」

先程まで尚を無言で凝視していた蓮が口を開いた。

「『バレンタイン』と言えば、どうしてもチョコを連想してしまうけど......、そんなの関係ないんだって、改めて思ったよ」

ふふふ...と微笑みながら、蓮は続ける。

「俺もバレンタインに『ああいう物』を贈られたのは初めてで、少し戸惑ってしまったけど、俺が軽く食べれそうなものをって、わざわざ吟味して作ってくれたみたいでね」

にーーーっこりと更に笑みが深くなる。

「あれは確かに心に残る味わいだったな。喉ごしもツルンッとすんなり入る感じで」

......なんと言っても、彼女の気持ちが一杯詰まっていたし?
くすくす笑いながらの蓮の言動に、尚は唖然とした。

そう、尚は思い出したのだ。『チョコ強奪キス』をキョーコに決行する直前、彼女と交わした会話を。


『...アイツ...。敦賀蓮にもやったのか』
『つ...っ、敦賀さんにはあげてないわよ......っ。だって、チョコは用意してないんだもん...っ』
『......「は」...?...ってことは、チョコ以外の何かは用意してあるんだな......』


確かにそう気付いたのに、その後の成り行きに満足していてすっかり失念していた。
いや、正確には、あの後のキョーコに、他のことに気を回せる程の余裕が残っているとは思わなかった。
ファーストキスを自分に奪われたショックで、そのこと......自分のことだけで頭が一杯になってると思っていたのだ。

「......なんでも、あの味に行き着くまでに何度も味見してくれたらしくてね。その完成図もさることながら、中々の深い味わいだったよ」

尚の表情の変化に気付いたのか、ふっと口元を緩めると、蓮はゆっくりと歩き始めた。

......その後の口直しも最高の『食感』だったけど。

気になる一言を尚の耳元に残して。


その数分後、車を回した祥子から尚の携帯へ連絡があり、程なく二人は合流したわけだが......。

(い、一体どうしたって言うの......?さっきまで、あんなに上機嫌だったのに......)

バックミラーで垣間見れる尚の様子はまさに茫然自失。
一体何があったのかと訝しむ祥子だが、まさかあの短時間の間に蓮と遭遇し、追い打ちを掛けるつもりが逆に返り討ちにあったとは知る由もない。

(次の局に着くまでには立ち直っているといいのだけど......)

さて、蓮との遣り取りで一旦ショックを受けた尚だが、段々と浮上する。

(ふ、ふんっ。キョーコが敦賀蓮にチョコ以外の何かをプレゼントしたからって、それが何だって言うんだ? 単なる共演者への義理立てってことに変わりはないだろ? アイツのファーストキスを俺が奪ったっていう事実は変わりゃしねーんだからっ)

そう思い直す。
そう、『ファーストキス』と聞いてキョーコが思い出すのは自分とのこと。
憎い自分にとんだチープな理由で奪われたとなれば、嫌でも怒り心頭で、寝ても覚めても自分のことばかり考えるはずーーー!!!
早々この楔を抜き取ることは出来まい!

......そんな自分の所業を思い出した尚は、目的地に着いた頃には、祥子の望み通りすっかり立ち直っていた。


そのテレビ局に入ってすぐ目に入ったのは、大型スクリーン。現在局内で生放送している番組がそこに映し出されているわけだが、その画面に見知った人物を認めて尚は立ち止まる。

『......それにしても、以前の『未緒』とは随分と雰囲気が違いますね!』

スクリーンには女子高生らしく制服に身を包んだキョーコと他数名の同じ制服を着た女の子達が、近々放映されるドラマに向けての直撃インタビューを受けていた。どうやら今しがたドラマのプレビューがあったらしい。

『未緒はこう......触れれば切れそうな孤高の王女様、みたいな雰囲気でしたけど、先程の『ナツ』は大人っぽい魅惑的な女子高生、と言う感じで......』

(大人っぽい?!魅惑的?!キョーコが?!)

瞬間、ぷっと吹き出してしまいそうな尚だったが、突如画面に映ったキョーコの妖艶な微笑みに、愕然とする。

『......この度の『BOX"R"』では、イマドキの女子高生のありえないようでありえそうな面々を描写出来たら、と思っています』

大人びた、人を惹き付ける空気を纏って答えるキョーコは、尚の見知っているキョーコではない。
アレは『京子』という女優。キョーコであってキョーコではない......。

そんな事実を改めて実感している尚など差し置いて、画面内の番組は話題も豊富に展開して行く。最近のバレンタイン話から、今時の女子高生らしい話題に至るまで。

『女優業などやっていると、やっぱりキスシーンなどもありますよねぇ。やっぱりどう思います?演技とは言え、想い人でもない人と唇を合わせると言うのは......』

『プロの役者を目指している以上、それは避けられない道だと分かっていますし、要は気の持ち様だと割り切ることにしてます』

司会者からの問いに、間髪入れずにキョーコがきっぱりと答える。

『...と言われると?』

『ある方の受け売りなんですけどね、お互いの気持ちが伴っていない、唇と唇が合わさっただけのものなんて、キスって言わないことにしてるんです』

あ、それ、同感ーーーっっ、と周りの女子高生風共演者達も同意する。

『そうよねー。一々仕事でそういうシーンがあったら、相手を好きでなくても本当らしく見せなきゃいけないわけだし、一々気にしていたら切りないよねーー』

そんな総合意見に司会者も頷きながら、次へと進む。

『......なるほど。さすがですね。では、実生活では?ファーストキスはもうお済みで?』

核心を突いた質問に、思わずキョーコは口にしていた飲み物に咽せた。

『な、な、な.........』

さっきまでの女王然と澄ました表情とは一変して、素で狼狽えるキョーコの反応に、番組の司会者も、周りの共演者達も色めき立つ。

『キャーーッッ。意味深な反応!誰っ。誰なの、その相手!』
『だ、誰でもいいでしょ、そんなの!トップシークレットよっ』
『えー、ケチー。いいじゃない別にー』
『わ、私個人の思い出は、私個人のものなのっ』

真っ赤になって反論するキョーコの様子に、尚を思わず口端を上げる。

『なによー。なによー。少しくらいいいじゃないーーっ。減るもんじゃ無し!』
『いいえ!減るから嫌です!』
『別に相手を教えろとは言わないわよ。ただどんなシチュエーションだったとかさ...』
『......シチュエーション///』

その言葉に殊更にボボボッと赤面し、両頬を押さえるキョーコに、尚は訝しむ。
自分との『アレ』がキョーコにあんな反応をさせるものではないと分かっている故に。

『こーんな初心な反応されたら、流石にこれ以上問い詰めるのもねー』
『これくらいで許してあげましょうか。我らが『ナツ』が『ナツ』であるためにも』

なんて周りの共演者達もわいわいがやがや騒いでいる。

『では、最後の質問です。ありきたりではありますが、ファーストキスと言えば、どんな味?』
『......ワインゼリー

条件反射のように、未だ両頬を押さえたままのキョーコがポツリと呟いた。


『『『『ワインゼリー?!』』』』


司会者は勿論、共演者達も今のキョーコの返答に大喜び。
はっと気付いたキョーコは、慌てて

『今の無し!無しです、無かった事にして!』

と否定するが、既に後の祭り。まるで水を得た魚のように、周りはキャーキャーお祭り騒ぎだ。

『ワインゼリーなんて、意・味・深! お・と・な・の味よねv京〜子♪』
『......と言うと、相手はそれなりに大人って事よね』
『一体どういう状況でワインゼリー? やっぱり、口移し?!』
『ノーコメントーーーッッ』

騒ぐ外野を必死に三猿精神でやり過ごそうとしている画面の中のキョーコを尚は呆然と眺めていた。


「......ょう、尚!」

再び茫然自失の態になった尚をガクガクと祥子が揺さぶる。

「そろそろ時間よ、尚。こんな所でいつまでもぼぅっとしてないで、先に進みましょう」

一連の尚の変化に気付いた祥子は、局に入ってすぐさっさと目的地へと尚を促さなかった自分の不備を責めたが、最早手遅れ。打撃(ダメージ)は施された。

フラフラと次の仕事先へと向かう傍ら、尚の脳内を駆け巡るのは、蓮と交わした会話と先程目にした番組でキョーコが落とした爆弾。

(俺とのファーストキスは、間違いなくチョコの味のはず......)

なのに、キョーコははっきり『ワインゼリー』と言い切った。
勿論、番組用のやらせという可能性もある。話題性をあげるための......。
でも、なぜよりによってワインゼリー?
そして、尚は思い出す。先程の蓮の言葉を。


ーーーあれは確かに心に残る味わいだったな。喉ごしもツルンッとすんなり入る感じで。
ーーーその後の口直しも最高の食感だったけど。


ツルンッってまさかゼリーのことか?
その後の口直しって、口直しって、もしや......。
『しょっかん』ってまさか『食感』じゃなく、『触感』の方?!




......その後、尚はキョーコの幼馴染よろしく、ご立派な妄想癖を発揮した己の妄想劇場に散々悩まされることとなる。






あゆちさんより頂いたこれの前振り的プチSSをご覧になりたい方はどうぞポチッと→ To Valentine Memory


拍手する

自業自得だ!己の撒いた種で思い切り悩みやがれっ、というわたくしめの尚への怒りの鉄槌食らわし編。
あゆちさんから頂いたACT148続き妄想3コマの後日談的要素を含むACT148 続き妄想。
だってさ、だってさ、尚ってば都合良〜くキョーコが蓮のために用意してたモノのこと、綺麗さっぱり忘れてない? 絶対後々思い出して、悶々とするのよ、きっと! [2009.10.25]

Template by flower & clover / Material by Sozai Doori
inserted by FC2 system