ひゅーーーーーーっっっ
この場の緊張を強調するかの如く、どこからともなくビル風が静かに吹き抜ける。
向かい合ってる不破とキョーコちゃんの丁度真横、位置的に俺の真正面に蓮は立っている。
まるで浮気の現場を押さえた夫のような構図だな、とつい思ってしまったのは仕方あるまい。
それほど、キョーコちゃんの顔は驚愕と恐怖で面白いほど変な顔になってたし、蓮の瞳は冷ややかだった。
ACT.144続き妄想:
ミッドバレンタイン・ストーム・3
それにしても蓮のヤツ、一体どこから
湧いて出て来たんだ?
てっきり大人しく楽屋に戻ったと思ってたのに。
蓮は不破とキョーコちゃんが立っていた真横にある壁の影から出て来た。
そう言えば、壁の向こう側は廊下だったかな、楽屋にも通じる。
...でも、蓮の楽屋はこことは逆方向に位置してるはずなんだが?!
「ちょっと失礼。今さっきちょっと聞き捨てならない言葉が耳に入ったものでね」
完璧な紳士笑顔でにこやかに二人に話しかける。
「まさか...、最上さん、あの軽井沢でのあのストーカー男に手作りバレンタインチョコを贈っただなんて言わないよね?」
キュラッ、キュラッ、と眩しいほどの笑顔を向けるが、その瞳は笑っていない。
キョーコちゃんは顔面蒼白だ。
「あ、あのですね。これには海よりも深い理由が......」
しどろもどろと答え始めると、
「どんな理由があったらあんな外道にチョコやる気になるってんだよ!はっきり言ってみろよ、オラッ」
...と、不破までもが便乗して問い詰める。
「な、何よっ。あんた、私とビーグルとの間に何があったか、気付いてるって言ってなかった?
だったら、今更言わなくても、分かるでしょっ」
そして、必死で言い返すキョーコちゃん。
何がなんだか、俺にはさっぱり分かりません。
「だから、それが納得いかねーって言ってんだろ!
大体な〜、俺に当てつけるためとは言え、相手は選べよっ。何もあんな外道を選ぶ事無いだろ?!
そんなんだったら、よっぽど敦賀蓮とつき合い始めたって聞いた方がマシだっ」
......はい?
今の、どゆこと?
「な、なんでここに敦賀さんが出て来るのよ...って、それ以前に何の事?言ってる意味が理解不可能なんだけど!」
「......だから、つきあってるんだろ」
ぶすっと、吐き捨てるように不破が呟く。
「誰と誰が?」
「お前とあのビーグルの野郎がだよっ。だから、あんな奴に手作りチョコ作ってやったんだろうがっっ」
「へ?」
「...俺のせいなんだろ?お前の心に隙を作って、あんな野郎に言い寄られるきっかけを作ったのは......」
不破はそう苦々しく零しながら、視線を反らせた。
.........。
えっ、え"え"ぇぇぇぇぇっっ。い、いつのまにそんな事にぃぃぃ?!
「ふーーん、結局そういう仲なんだ?軽井沢でのあの時もなんだかんだ言って仲が良さそうだったもんな。
...馴れ馴れしく名前を呼び捨てにさせたりしてたようだし」
今まで静観していた蓮が、静かに口を開いた。
...地響きするような、低い声で。
ひ、ひぃぃぃぃいぃぃぃぃ。
大魔王、再び!
こ、これは文句無しに怖いぞ。遠目からとは言え、真正面だからばっちり見える!
蓮の眉間に皺がっ。皺がっ。
こんなの至近距離で食らわされたら......。
キョーコちゃん、可哀想なくらい萎縮しちゃってる〜〜。
しかも、『あの時』っていつのことだよっ。お前、いつVGに会ったんだ?!
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい?!確かにビーグルのバカにはチョコ渡しましたけど、あれにはやむを得ない事情があったからで!それ以前に、アイツのはただのついでです!!
常日頃のお世話になってる方々への感謝チョコの片手間に作っただけなんですからっ」
大魔王に、果敢にも命乞いする哀れな生け贄...じゃない、弁解するキョーコちゃん。
...って、今のは墓穴以外の何物でも...。
「ふ〜ん。感謝チョコ、か。そういえば、緒方監督や社さん達
は、貰っていたね」
にこりともせず、蓮が指摘した。瞬時にぴきっと強張るキョーコちゃん。
『は』の部分が随分強調されてたし、やっぱり、蓮の奴かなり気にしてるんだな。
「勿論あんたも貰ったんだろ?たとえ
ただの事務所の先輩でも、なんだかんだこのバカ女の面倒を結構見てたもんな」
こらぁ、不破っ、『ただの事務所の先輩』をやけに強調するなっ。
しかも、そのチョコネタは今の蓮には禁句......。
「......そうかな。でも、残念ながら貰ってないよ」
視線をキョーコちゃんから反らさぬまま、蓮が答える。
ああ、可哀想なキョーコちゃん。ブルブル怯えているのが手に取るように分かるよ。
「何ぃ?!
仮にも同じ事務所の先輩で、
あまつさえ共演してるドラマの主演のアンタを差し置いて、
ビーグルなんぞにチョコ贈ったってのか?!
キョーコッ、お前一体、何考えてるんだよっ。芸能界は縦社会!どんな些細な事だって優先順位は考えるべきだろう?!色恋に振り回されて、そこまで非常識になっちまったか?」
一々、厭味な部分ばかり強調する奴だな...。
感情のままに吠えて責めまくる不破が動なら、感情を押し隠してチクチク核心を突く蓮は静。
蓮と不破、二人二様の糾弾に、たじたじのキョーコちゃん、...と思いきや。
ブチン
ん?
今、何か切れたような音が......。
し、しかも、何やらオドロオドロしい空気がキョーコちゃん周辺に......。
「さっきから黙って聞いていれば、あること無い事勝手にキャンキャンキャンキャン......。
しかも、こともあろうに、色恋沙汰ですって?!そんな頭を悪くする類いのものは一切合切銀河の彼方へ頬葬り去ったこの私に向かって......ーー!」
沸々と深まるキョーコちゃんの周りの禍々しいオーラ。
思わず後退りしている不破は確実にそれに気圧されてる。
「敦賀さんも!一々このバカの言うことを鵜呑みにしないで下さい!少し考えれば、分かるじゃないですか!
どこをどう間違えたら私があんな魔界人なんぞに懸想してることになるんですか?!」
くるっと蓮に顔を向け、くわっと噛み付くように反論したキョーコちゃん。
まさかの反撃に、蓮も毒気を抜かれたようだ。
「なんだよっ。お前があの野郎にチョコ作ってやったのは事実じゃないか!
そこの敦賀蓮を差し置いて」
...だから、さっきからしつこく蓮を引き合いに出すなっ。
貰ってない点では自分も同類だろ?!
「敦賀さんにチョコレートを贈るだなんて、そんなご迷惑になることする訳無いじゃない!」
「「...迷惑?」」
ドキッパリと言い切ったキョーコちゃんの言葉を、不破と蓮が同時に繰り返した。
不破は訝し気に、蓮なんか目を見開いた吃驚顔。
キョーコちゃん、それ違うから!
実際問題、君のそのよく分からない気配りの方が、余程迷惑だから!
「だって、敦賀さん、元々食に興味無い上に、甘いもの食べるイメージなんか無いじゃないですか。
しかも、それこそもらうチョコの数は尋常じゃないでしょう?
私までチョコあげちゃったら、迷惑になるじゃないですか!」
...と、理路整然にはっきりと断言したキョーコちゃんに、蓮は先ほどの怒り具合はどこへやら、唖然としている。
不破と言えば...、逆ににんまりと満足顔。
「え〜と、確かにそうかも知れないけど、でも、あのね...」
「敦賀さん、これまでに頂いたチョコ、どうなさるんですか?」
それでもなんとか口を開いた蓮だが、その言葉を遮るようにキョーコちゃんが矢継ぎ早に質問する。
「全部食べるんですか?」
「...いや、それはさすがに無理かと」
「ですよね。敦賀さん、異常に食が細いですものね。あんな食生活でよくここまで育ったと疑問に思うくらい。
...どっかの我侭男と違って好き嫌いだけは無いようですけどね。
敦賀さんの場合、チョコは受け取っても、食べないのでは、と思いましたし、だったら初めから余計な物をお渡ししない方がご迷惑にならないかと」
にこっと可愛い笑顔付きで、あまりにも屈託なく無邪気に答えるものだから、さすがの蓮も二の句が継げない。
...ああ、そうだな、蓮。
キョーコちゃん相手には、本当に、切実に、余計な期待はしない方が賢明だな。
変に煽って、俺が悪かった!...と、つい心の中で謝らずにはいられない。
「お前......」
今暫く大人しく二人の会話を聞いていた不破が、先ほどのにんまり顔はどこへやら、苦虫潰したような顔で口を挟んだ。
「どうして、そんなに敦賀蓮の食事事情にまで詳しいんだよ?!」
怒髪天で不破が叫んだ。彼の気になった点はそこかい。
ふむ。でも、確かにキョーコちゃん、蓮の食生活にいつも心砕いてくれるよな。
それって、やっぱり......。
「そんなの以前(代マネした時に)きっちり、しっかり、リサーチしたからに決まってるでしょっ。
ただでさえ敦賀さんは殺人的スケジュールなのよっ。
身体が資本のこの業界で万が一身体でも壊したら大変じゃない!
だからこそ、どうせならチョコなんかよりももっと滋養にいい物を摂ってくれた方が余程ためになるわ!」
.........。
やっぱり色気もへったくれもないキョーコちゃんの返答。
まあ、あまり期待はしてなかったけど......。
キョーコちゃん。それでも、惚れた子からバレンタインにチョコを贈ってもらえるってのは、恋する男にとっては別物なんだよ。
「お、お前、まさかーー......」
キョーコちゃんの返答に不破は急にはっと表情を変える。
「敦賀蓮には特別にチョコではない食べ物を贈ったんじゃあるまいなっ。こっそり何かに紛らせて......」
...いや、そこまで楽観視出来ないよ。相手はキョーコちゃんだし。
「...!ナッ、ナニバカナコトヲ。ソンナコトスルワケナイデショ」
と、視線を泳がせながら、しどろもどろと挙動不審にキョーコちゃんが答えると、そのままバチッと蓮と視線があった。一気にかぁーっと茹で蛸のように真っ赤になったと思ったら、ぐいっと一歩だけ蓮に近付き、
「敦賀さん!先ほどお伝えした事は、絶対、絶ーーーっ対に守って下さいね!絶対ですよ!」
と念を押すと、ぱーーっとあっという間に脱兎の如くその場から走り去ってしまった。
一応、不破から貰った巨大ブーケをその手に持ったまま。
キョーコちゃんが走り去った後には二人の男達。
ひゅーーっと吹き抜けるビル風がむなしく、滑稽にも思える。
「......敦賀サン」
「何かな、不破君」
「アイツから今日何か貰いました?」
「...誕生日プレゼントなら」
「今日でしたっけ?」
「いや。本当は四日前だったんだけど、ちょっと手違いがあったらしくてね」
そう言えば、そんなこと言ってたっけ、とブツブツ不破は呟いてたが、
「開けました?」と聞いて来た。
「......いや。自宅に戻ってから一人で見ろと」
「...さいですか」
「「...............」」
それから暫く二人の間に沈黙が響いた。
「...まあ、何かな。最上さんが例のストーカー男にチョコを贈ったって件は、何かのっぴきならぬ事情があったようだね」
その場を締めくくるかのように蓮が話し出した。
「事の詳細は後で問い詰めるとして...」と小声で付け足された何やら物騒な言葉が風に乗って聞こえたような気もしたが、それについては触れないでおこう。
「でも、あの最上さんの反応から察するに、君が危惧したことは杞憂じゃないかな?」
...あまり気にする事は無いと思うよ、などと言葉を続けていたが、さっき自分だって大魔王化するくらい反応したことを棚に上げて、まったくもってよく言うよ。
「......誕生日」
「え?」
「アイツの誕生日、プレゼントやったんだってな、日付が変わったと同時に」
「え?ああ、まあ、うん」
急に内容の飛んだ話に、蓮は戸惑いながらも相槌を打つ。
「初めてだって言ってた。当日に祝って貰えたのも、プレゼント貰ったのも」
ふーーっと、一つだけ深く溜め息を吐くと、
「......やっぱり、アイツ、気付かなかったんだな」
俺からのは......と、ぼそっと静かに、寂しそうに不破が呟いた。
そして、くるりと背を向けると、ゆっくりとスタジオの出口へと向かって行く。
「敦賀サン」
首だけ振り向き、蓮をしっかりと見据えると、
「俺は、アイツとの絆を手放すつもりは毛頭無いから」
そうはっきり言い切り、そして、今度こそ本当に出て行った。
そして、その後ろ姿を、蓮は視線を反らさずに見送っていた。
なんだか色々と疑問符が残る一連の出来事だったが、バレンタインデーに直撃した嵐はとりあえず去った、ようだ。
しかし、台風一過、となるにはまだまだ妖しい空模様...。
俺は自分の隠れ場所からゆっくりとスタジオへと戻る途中、無情にもからっと晴れてる外の天気を見上げ、そっと溜め息を吐いた。
《とりあえず終わり》
多分、絶対、こんな簡単に嵐が過ぎ去る事はないと思いますが、とりあえずACT144拝読後に浮かんだネタは
1. ブーケに付いている飾りについ釣られてしまうキョーコちゃん
2. 蓮の誕生日の勘違いしたのを尚のせいだと責めるキョーコちゃん。そして、成り行き上、蓮がキョーコへプレゼントを贈ったと知る尚。
3. キョーコがビーグルにチョコをあげた事を蓮が知って、さあ大変!でも、尚の余計な茶々であらぬ方向に…。そして、キョーコが蓮の食事事情に詳しい事を知る尚。
...などなど。
実際問題、どのように嵐が直撃し、どのように過ぎるのか、そして、その後の二人の関係は…など、本誌の続きが楽しみですね。とりあえず、ギリギリ間に合ったかな?(August 18, 2009)