虜掌編 〜抑え切れぬ想い〜



黒目がちの大きな瞳一杯に涙を溜めて、
でも必死で泣くまいと我慢しているのが、遠目からでもありありと分かる。
レンは足早にその場を去って、自分に宛てがわれた臨時の部屋へと向かう。
視界の端に捉えたその姿を敢えて無視して。

ああ、そんな表情をさせたいわけでは無いんだ。
そんな悲しい顔を見たいんじゃない。
君には、いつも笑っていて欲しい。
君の笑顔が、素直で汚れの無い眩しい笑顔が、この偽りと奸計が蔓延る王宮深くでの、唯一の光。

だからこそ、その笑顔を守りたい。
そのためには、もう、俺は君の傍にいることは出来ない。
いるわけには、いかない−−−−−−!





12才で騎士学校へ放り込まれ、早5年。今レンは軍に身を置いている。
久し振りに訪れた王宮。
相変わらず、淫靡な匂いが漂う排他的な場所。
教育係であるヒズリの言う通り、王宮を出て一般人と交わりながらの生活は新鮮だった。
それ以前から、よく市井の生活を知るのも王族の勤めだと、よく街へ連れ出してくれてはいたが、自身が体験して初めて分かる事態、ということもよくある。

この5年間で様々な物を学び、様々な物を身に付けて来た。
その上で改めて思い知った事が、二つ。

一つ、この王国は......もう駄目だ。

腐り切っている。
国の礎たるべき国王を始め、王族、貴族のほとんどが、己の欲を優先するばかり。
国民達を、国の行く末など考えていない。

芯から膿んでもはや腐り切って堕ちるだけの果実。

このままでは、内から崩れるか、隣国に攻め滅ぼされるか......。
そのどちらかに転ぶのも時間の問題だろう。

そして、もう一つにして、最大の物。

自分の想い。
慕ってくれる『妹』への『兄』の気持ちだと信じ、そう思い込もうとしていたキョーコへの情愛が......『兄妹愛』などでは済まされないということ。
これは、明らかに『恋情』だ。
一人の男として、唯一人の女を求める想い。
その全てを欲して止まない......。

...この想いは、危険だ。

唯一人の大事な妹を。
母違いとは言え、同じあの反吐が出る程腐った老王を父とする血の繋がった妹を、
自分のこの激情に巻き込み傷つけるわけにはいかない。
そうレンは必死で自分を戒めていた。


ガサッ


「......懐かしいな」


そんなことを考えながら散策していたからだろうか、レンは無意識にこの場所に足を運んでいた。
後宮の奥深くに人知れず存在する小さな泉。
青々と木々が茂り、木漏れ日が泉に降り注ぐ。
人の手が加えられてない、自然そのままの美しい場所。

......キョーコと初めて出会った場所でもある。

既に成人した身では、たとえ王子であろうと現国王の後宮に気軽に出入りは出来ない。
だが、ここは勝手知ったる自分だけの秘密の憩いの場。
どこに抜け道があるかなど、知り尽くしている。
いや、キョーコと出会ってからは彼女との共有の...であるが。
異母兄妹とは言え、正妃の娘であるキョーコと、妾腹の、しかもただの旅の歌姫から産まれた王子のレンとでは、大っぴらに顔を合わせる事も出来なかった。
そう、人目を憚り彼女と会うのはほとんどがこの場所だったのだ。

キョーコとの思い出深い場所。

「いつの間にかここに来てしまうとは......。かなり情けないな」

自分から離れようと決めた事なのに、とレンは自嘲し、懐かしいその場所を見回した。

「!!」

そしてふと目に入った存在に目を見開く。
泉の畔にどんと根を下ろし、まるで守り番のように悠然と枝を広げている大樹。
その根元に、小さく踞っている存在。

「......キョーコ?!」

まさか、倒れているのかと慌てて近寄る。

すー、すー。

規則的に上下する胸と穏やかな寝息が聞こえて胸を撫で下ろす。
どうやらうたた寝しているだけらしい。

「......王女ともあろう者が、共も付けずにこんな場所でうたた寝とは......無防備にも程がある」

そう呟きながら、レンはそっとキョーコの頬にかかる髪をはらった。

「......泣いて、いたのか」

頬に残る涙の跡に胸が突かれる。
さっきまで人知れずここで一人泣いていたのだろうか、いつものように。

守りたいのに、泣かせたいわけでは無いのに。
君にそんな悲しい顔をさせたくて、自分の想いを抑えて離れようとしてるわけでは無いのに。

ふと、桜色の瑞々しい唇が目に入る。
規則正しい吐息と共に僅かに震えるそれ。

少女のあどけなさを残しつつ、その色っぽさに思わず誘われて、気付いたら唇を掠め取っていた。

レンの身体に電流が流れる。
その柔らかさと甘さに、更に誘惑された。
キョーコが眠っているのを確かめてから、再度唇を重ねた。
今度は長く、深く。
僅かに開く隙間から舌をねじ込ませ、歯列をなぞり、その口腔内を味わう。
胸に広がるその甘さに酔わされ、促され...
抑えられず、頬に、うなじに、唇を落としていく。

ちゅっ

ついには、鎖骨へ、なんとか衣装で隠れるであろう場所へと辿りつき、ひっそりと印を付ける。
キョーコの白い肌に、その赤いものは目立った。

レンの心に、言い様の無い仄暗い満足感が沸き上がる。
満足して眺めていたら、抑えようも無く誘惑され、
キョーコの胸許を緩めて、肌着をずらし、白い肌をじっと見つめていた。
思わず、こくりと喉が鳴る。

若く、健康的で眩しい程に白い肌。
まだ成長過程であろう、ささやかな膨らみ。
その先に色付く薄桜色の蕾。
侵し難い無垢さと、嬲って踏みにじりたくなるような危うい色香を合わせ持つ。
まだ年端もいかぬ少女。

思う存分、唇を這わし、吸い付き、触りたい。
何より、その瞳に自分だけを映させたい。

「.........」

しばらく見つめながらレンは逡巡する。
だが、理性よりも本能の方が正直だった。
ゆっくりとキョーコに覆い被さり、身を屈めて、ぺろりとまろみを舐める。
ちゅっと口付けて、そのまま吸い付いた。

「......んっ」

ふるりと震えたキョーコの様に、でも、起きない事に安心してフッと微笑み、違う場所にも唇を這わし、印を刻んだ。
何度も何度も繰り返し......、キョーコの白い胸元に、幾つもの紅い華が咲く。
レンは顔を上げ、その成果を眺める。思わず笑みが浮かんでいた。

まだ肌の白さが目立つ。そう思うともっとたくさん印を付けたくなるものだ。
そうしたとて、キョーコが自分のものになるというわけではないのに。

「ん......」

ふいにキョーコの瞼が動いた。
さすがに起きてしまうかと、ずらした肌着と衣服を調える。
そして様子を見ようと顔を近付けた瞬間、キョーコの唇が動いた。

「......兄様」

レンがその一言に反応する。キョーコはそんな彼に気付く事無く、目を閉じたまま泣きながら彼に縋る。
レンはただ無言でキョーコを見詰め続けた。

「兄様、レン兄様、大好き......。私を置いていかないで......」

言葉通り、必死に彼に抱きついて、レンの名を呼び続ける。
止めどなく涙を流しながら。

「.........!!!!!」

レンは縋り付いて来る愛しい妹を抱きしめながら途方に暮れた。

「......愛してる。愛してるよ...、キョーコ。だから、泣かないで」

優しく背を撫で、夢現のまま泣きじゃくるキョーコを宥める。
再び夢の世界へ旅立ったところで、レンはゆっくり腰を上げた。
そして、キョーコに己のマントをかけると、そっとその場を離れた。




〜数日後〜


「......兄様、レン兄様!」

「キョーコ、姫」

レンが王宮を発って軍へと戻る日、キョーコがマントを片手にパタパタと駆け寄って来た。

「そんな他人行儀な呼び方しないで!」

「そうもいきません。今の私は軍に身を置く、一介の騎士。正嫡の姫君にはそれなりに敬意を払いませんと」

そんな慇懃無礼なレンの言葉にキョーコの眉尻は下がり、顔を俯ける。

「......何か、御用ですか?」

「!、あの、これ、レン兄様のでしょう? この間......」

「ああ、あのような場所で一人うたた寝とは感心しませんね。無防備に過ぎる」

「ご、ごめんなさい」

「もう子供では無いのだから、王女であるということを自覚して、勝手な行動は慎んだ方がよろしいでしょう。あのまま放っておいたら、風邪でも引いていたかもしれませんよ」

ほわり、とキョーコが微笑む。

「レン兄様、心配して下さって、ありがとう。このマントのおかげで風邪を引かずに済んだわ。今度からは、外でうたた寝なんかしないように気を付けるから」

「......本当に、分かっておられるのか」

「勿論よ! 風邪は引かなかったけど、やっぱり外でうたた寝してしまったせいか、沢山虫に食われてしまったの。痒くは無いんだけど、まだ取れなくて......」

何も分かっていない妹姫はぽろりと答えた。レンは無表情のまま彼女を見詰めると、くるりと背を向けて王宮の外へと向かう。

「...もっと危機感を持つことですね。でないと、どこの虫にまた食われるか、分かりませんよ」


......一番質が悪い虫は俺自身だろうが。

傍にいれば、きっと触れずにはいられない。
だから、離れた方がいいんだ。

レンは虚空を見上げ、心の中で呟いた。



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レンがまだ真実を知らず、必死でキョーコと距離を置こうとしていた頃のお話。
でも、やっぱりちょっとでも油断して箍が外れるとこうなる…。年端も行かぬ、しかも無意識の少女に手を出しちゃいかんだろう!

拍手掲載日[2010年 10月 25日]

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