第六夜

キョーコの悲鳴が木々に吸い込まれていく。
その響きにすら狂喜するかのように、レイノの動きは止まらない。キョーコの膨らみを弄びつつ、唇は止む事無くキョーコの柔肌をゆっくりとなぞっていった。
レンでは無い男に触れられる嫌悪感と恐怖とに、キョーコは殊更に身が竦んでしまう。

「......どうした? 漸く大人しくなったな。諦めたか?」

レンでは無い男の匂い。
吹きかかる吐息の生暖かさ。
素肌を這い回る感触のおぞましさ。

それら全てに堪え切れない程の吐き気が込み上がる。
キョーコは良くも悪くも王宮の奥深くで厳重に護られていた生粋の箱入り娘。
レンが王室を制圧してキョーコを我が物とするまで、キスすら知らない初心な娘だった。
正嫡の王女として傅かれていた頃は、あからさまにその身に危害を加えよう、もしくは不埒な真似をしようなどという不届き者は身近にいなかったのだ。

(怖い、怖い、怖い――――――!!)

キョーコの恐怖はレイノに逆らう気力を削いでいた。

「楽しみだなぁ......。アイツが一体どんな顔してあんたを見るのか考えると......。
誰の目にも届かぬよう、奪われぬよう、今まで細心の注意を払って大事に大事に隠していた手中の珠だろうに。よりによって俺のような者に散々に嬲られ穢されたと知ったら......。変わり果てた姿になったアンタをみたら......」

その言葉に、キョーコは我に返った。
自分にのしかかるこの不可解な男の行動は、全てレンへの当てつけらしいのはもはや間違いない。

「どう、して...こんなことをするの?」

...王位に興味は無いと言っていたのに。

「何、か、お兄様を許せない恨みでも―――」

...肉親を殺された恨みさえ無いと言っていたのに。

「...恨み......?」

レイノは一瞬だけ動きを止めたが、キョーコの問いを鼻で嗤った。

「...別に......無いが? そんなもの......―――。」

さっきもそう言ったはずだが......、と淡々と続ける。

「―――たまたま新王政に不満たっぷりの旧王政派の生き残りどもと、これを機に王国の中央に出たがっていたミロク達の利害が一致したのと...」

俺に関しては...

「単に、面白そうだったから?」
「?!」

(面白そう?!)

「あの常に完璧なまでに冷静沈着で温厚な『王国の第三王子』様が、顔色変えて走り回り...、あげく必死で護って来た者さえ護れ切れなかったと知ったら......、どれだけの衝撃を受けるだろうな?」

己の無力さを思い知り、
周りの全てを呪い、
自己嫌悪に陥って......

「...どのような醜態を晒して堕ちていくのか、その様が見てみたい」

ククク...と黒い微笑を浮かべるレイノに、キョーコは絶句する。

「そ、そんなことになれば......この王国自体がただじゃすまない。王国が揺らげば、他国に侵略の余地を与えることにもなるのにっ。罪も無い国民達が巻き込まれて......、あなた達だって―――!」

「......だから?」

レイノはそれこそに意味があるような曰く付きの微笑を浮かべるだけ。

(何、この男......。狂ってるとしか思えない)

旧王政派達のトップのはずなのに、王国自体がどうなっても構わないと言い切る人間。
だが、はっきりと分かった事が一つ。
なんとしても、この男の思い通りにさせてはならないということ。
この男の言う通り自分がレンにそれだけの影響力があるとは到底信じ難いが、どのような形であれ、レンがつけ込まれる隙を作る原因にだけはなりたくない。

(それだけは。それだけは、させるものかっ)

黙り込んだキョーコに、抵抗する気さえ失せたのだろうと解したレイノは、強引に片方の脚を持ち上げると、胸を弄っていた片手を今度はお仕着せスカートの裾から潜り込ませる。そして、その手は内股を撫でながら脚の付け根へと辿ろうとして...ふと、その動きを止めた。

「......なんだ? これは」

太腿に何かが括り付けられているのに気が付き、僅かに気が削がれる。

(......今だ!)

その一瞬の隙を見逃さず、キョーコは渾身の力でレイノの向こう脛を蹴り上げたのだった。

「痛っう......ちっ......」  

キョーコのまさかの反撃に、レイノは彼女の手足の拘束を緩める。
すかさず当然のようにレイノを突き飛ばしたキョーコは、立ち上がると同時に森の中に向かって走り出した。

(と、とにかく、出来る限りこの男から離れなければ...)


「ククク......」

パタパタとした足音が耳に届かなくなった頃、向こう脛をさすりつつ、レイノは嗤いながら身を起こした。

「ただの大人しい世間知らずな深窓の姫君かと思いきや......中々どうして、大した負けん気の強いじゃじゃ馬じゃないか。......これは、これは」

小さくなっていくキョーコの後ろ姿を眺めながらほくそ笑む。

「狩りはこうでなくては、面白く無い」

むくりと立ち上がり、足下を叩く。

「無我夢中で逃げ回るがいい。それでこそ、追い詰め、捕えた時の昂りが増すと言うもの。
捕まえて、躾け直して、乗りこなしてやる......!」

特に慌てるでも無く、まるで捕えたネズミを痛ぶる猫のような表情でレイノはキョーコの消えた先を見据えた。

キョーコは開けられた衣装を整えながら、必死で再び木々の合間を駆けた。
無惨に引き裂かれたお仕着せの上部はもはや用をなさず、なんとか手で押さえる。
自分を叱咤して走り続けると、急に森が開け、小さなせせらぎが目の前に横たわっていた。

(川...というよりは沢かしら? ということは、これに沿って川下へ向かえば...湖に辿り着ける?)

古城が面していた湖を囲うようにこの古い森が存在していたはず。そして、森の川は全て湖へと繋がっているはずだった。

キョーコは呼吸を整えるために暫し立ち止まった。
森の切れ目から、沢と、その上にぽっかりと浮かぶ月が見える。
その光に誘われて、ふと先程レイノが気をとられて一瞬の隙が生じる原因となった物...太腿に括り付けていた小さな巾着...のことを思い出した。

いつもドレスの内ポケットに必ず入れて持ち歩いているので、今回攫われた時も一緒に持って来ていた。
侍女のお仕着せに着替える時は、いつまた着替えるかも知れぬので、さすがにどこにしまうか戸惑ったが、結局文字通り身に付けていれば間違い無かろうと、自分の太腿に括り付けたのだ。

袋とじの部分を緩めて逆さにすると、中からころんと紫を帯びた碧い石が転がり出た。
寂しくなる度に、悲しくなる度に、これを握るだけでキョーコを慰めてくれた不思議な石。
その昔、レンがお守りにとくれた悲しみを吸い取ってくれると言う魔法の石。

「ふふ。これのおかげであの男から逃げ出せる隙が出来たんだもの。本当にお護りね」

キョーコはそう微笑みながら石を月明かりに翳した。
淡い月光を受けて、それは碧から黄を帯びた翠へと変わる。
大好きな兄が穏やかに微笑む時に現れる綺麗な瞳と同じ色に......。
自分を...その腕(かいな)に閉じ込めて組み敷く時に見せる、情熱の色でもある。

「......レン...兄様」

無意識にそう呟いた時、

「ふ〜ん。珍しい物、持ってるじゃないか」

突如背後に現れた気配にぎょっとして振り向くと、優雅に腕を組んだレイノが木に背を預けてこちらを見ていた。
いつから追い付いたのか、様子を伺っていたのか、息が乱れた様子すら無い。

「それ、随分と純度の高い菫青石の原石じゃないか。それだけの大きさとなると、早々手に入らないはずだ、希少石だからな。...どこで手に入れた?」

「.........」

「言いたくなけりゃ、それでもいいさ。大体、察しはつくしな。だが、ちょっとめんどくさい事になりそうだから、急ぐとするか」

後半はキョーコに、と言うより独り言のように呟きながら、ゆっくりとした足取りでレイノが近付いて来る。
じりじりと後ずさるものの、背後には、沢。越えようと思えば越えられるだろうが、キョーコの足ではすぐ追い付かれてしまうだろう。進退窮まったキョーコはそれでも、気丈にレイノを睨みつけた。

「いいねぇ、その眼。ゾクゾクする......」

「何度も申しましたが! 私を手に入れたって王位は転がり込んでなど来ません! お、お兄様にとってだって、大したダメージにはならないはずっ。む、無駄なことは諦めて......」

そんなキョーコの呼びかけをレイノは途中で遮ると、

「アンタは......、恨んだりしないのか? あの王子を。今までその身体を散々弄ばれて......。でも、アイツが正妃を迎えたらお払い箱だろうに」

試すようにそう嘯く。まるでキョーコの意識を絡めとるが如く、じぃっと彼女の瞳を覗き込みながら。

「俺と一緒にくれば、生活は保証するし、それなりに可愛がってやるぞ? あの王子みたいに塔に閉じ込めたりせずにな」

ククッと鼻にかかった笑みを浮かべながらも視線を外さず、無言でその手を差し向けた。
無論、キョーコはその手を取るつもりなど無い。無いのに...まるで蛇に睨まれた蛙のように身が竦んで動かない。見えない空気がキョーコの身体を雁字搦めにしてるようだった。

(う、そ......、身体が?! 金縛り?!)

キョーコが硬直してる間に一気に距離を縮めたレイノは無造作にその腕を掴むと、加減無しに引っ張り込んだ。押さえていた手を取られて胸元が開ける。あっと思う間に頬を両手で挟み込まれて、唇を奪われた。

(―――!! ―――!!)

今度は噛み付く隙すら与えられず、舌を差し込まれ、乱暴に口腔内を蹂躙される。
我が物顔に自分の咥内を右往左往する生暖かい感触に、嫌悪感を堪えながらキョーコは必死で抵抗するが、うまく息が出来ずに生理的な涙が流れる。そして、キョーコの意識が朦朧として来たのを見計らって、レイノはキョーコを前のめりに押し倒した。

「時間が無さそうなのでな...。さっさと既成事実だけでも作るか」

言うなり、レイノは背後から一気にキョーコのスカートをたくし上げ、下着を無理矢理引き下ろした。

「!!」

ビッと布地が裂ける音がし、キョーコは己の下半身が外気に晒されたのを知った。中途半端に片側だけ割かれた下着は辛うじて彼女の膝で引っ掛かっている。

「イ、イヤ......」

レイノに背後から押さえつけられ、身動き出来ぬままに直接自身の開けられた胸と下半身とを同時に撫で回される恐怖と嫌悪感は先程の比では無い。キョーコは必死で脚を閉じようとするが、それを強引にこじ開けられ......

「イヤッ! イヤよ......やめて離して! お兄様! 

助けてレン兄様―――――っっ」




























ひゅるるるるるる.........ドスッ








凄まじいスピードで風を切り、何かがレイノの頬を霞めて、すぐ傍の大木に突き刺さった。ツーとその頬に一筋の血が流れる。
レイノは視覚の片隅で、ビィーン、と鈍い振動を続ける短剣を認め、即座にキョーコから身体を起こす。

「!!」

カッという蹄の音と共に対岸から一気に沢を飛び越えて来た馬上の人間が、そのまま流れるような動作でレイノへと剣を振り下ろすのが眼に入った。
即座に除けるために横に飛ぶが、その動きすら読まれてたらしく、馬から飛び降りた相手に背後を取られ、左腕を捻られたと思ったら髪もろとも鷲づかみにされて投げ飛ばされた。
レイノの身体は、為す術も無く、近くの大木へと叩き付けられる。

「キョーコ! キョーコ、無事か?! 私は...間に合ったか?」

キョーコは我が目を疑った。目の前に現れたのは自分の望んだ人物だったからだ。
駆け寄ったレンは、キョーコの惨状に顔を顰める。当然だろう。身に纏っている物を無惨に引き裂かれたために、胸元はすっかり開けられ、下着は辛うじて片膝に引っ掛かっている状態だ。涙で泣き濡れ、震えているキョーコを見れば、何が起こったか、何をされようとしていたか、一目瞭然だろう。
レンの瞳は氷の如く刺すように冷たい色になった。ぎりっと奥歯を噛み締め、拳を握りしめ、怒りに堪えてるように見える。

「お、にいさま...。レ、ン兄様...? 本当に......?」

キョーコは緊張が解けたせいか、ぽろぽろと涙を零れ落ちるのを抑えられなかった。今頃になって身体の震えが止まらない。その身体に、レンは己のマントをふわりとかけるとぎゅっと力強く抱きしめてくれた。

「大丈夫...、もう大丈夫だ」

優しく落ち着くようにレンがキョーコの背を撫でていると、

「...ふっ、何がどうもう大丈夫なのか説明して欲しいものだな」

叩き付けられた衝撃で口内が切れたのだろう。レイノがぺっと血を吐き出した。

「...貴様」

キョーコを背後に庇うように立ち上がり、静かな、しかし、怒りを含んだ低い声が辺りに響く。
怒りが増せば増すほど、レンの眼光は鋭くなり、その声は低くなる......まるで地獄から響くかのように。そのことを知っているキョーコは、彼の怒りが尋常でないことに震え上がった。
おそらくレイノも気付いたろう。しかし、まるで気にもしないかのようにあっさり開き直る。
木の幹を支えにヨロヨロと立ち上がると、不敵な笑みを浮かべてレンに対峙した。

「ふん...。もう少しだったのに......」

口元を拭ってレンを見据える紫の瞳は、突然の邪魔者の出現すら予期していたが如く、動じない。

「さすが英雄と言ったところか? いいトコロで邪魔してくれるのは......」

尤も、英雄と言うよりは魔王と呼んだ方が正しい凶悪な面構えだが...、と傲岸不遜に吐き捨てる。

「貴様が...ヴィーグール侯爵家の生き残りか? 旧王政派の残党共を煽ってくれて感謝するよ。おかげで一網打尽に出来そうだ。......覚悟はいいか?」

だが、レンよりも早く、レイノが動いた。
いつの間にか抜いた長剣を構え、レンに襲いかかったのだ。

ガキィン!

レンは鋭い一斬をすぐさま構えた長剣で受け止め払い、すぐに反撃した。
だが、これを切っ先の僅かに届かぬ先に後退することでレイノはかわす。上半身は些かも動いたと見えなかったのだが。
そして、刃と刃をぶつけ合い、火花を散らす、二人の男達の激突がキョーコの目の前で繰り広げられた。

「よくこの場所が分かったな、国王陛下。やはり王女が持っていたあの菫青石のおかげか?」

その問いにキョーコは、え?と疑問に思うものの、レンは無表情のままレイノの問いに答えない。その無言を肯定と取ったか、レイノは剣を打ち合いながらも話を続けた。

「そう言えば、あの石の原産地...特に良質のヤツは、タカ・ラダ公爵領のみで採れるらしいな。そして、公にこそされていないが、公爵家には一つの原石から対の装飾品を創り、その一つを花嫁に贈るという慣習が残っていたはずだ」

「......それで?」

「同じ原石から加工された物はお互い共鳴し合うと言う。原石のままでは無理でも、一旦『そう』加工されれば一定範囲内ならば対を探知することも出来るらしい。おそらくそれを利用したんだろう? その右手首にあるのが王女の持つ石と対の石が組み込まれてるリストバンドなんだろう」

レンは確かに両手首に防具でもあるリストバンドを付けている。一見何の変哲も無い金属製の防具。しかし、よくよく見ると右手首のには中心部に紫がかった碧い石が燦然と輝いていた。

「...よく、知ってるじゃない、かっ」

ガキィンッと嫌な金属音が響く。レンの繰り出した斬撃をレイノはなんとか受け止めた。 そのままギリギリと剣を交差させて二人は向かい合う。

「......あんたの生い立ちはよ〜く調べさせてもらったからな。よく今まで周りを騙し通せたものだ。前国王に似ているところなど、一つも、無いくせ、にっ」

掛け声と同時にレイノは剣を押し返し、二人の間にまた距離が出来る。
レンはすかさず距離を縮めて剣をレイノ目掛けて振り下ろし、その重い一撃をなんとか躱したレイノも体勢を立て直すと鋭い突きを繰り出す。
両者一歩も引かず、暫く剣がぶつかり合う凄まじい金属音のみが辺りに響いた。
その実力は互角...のように見えた、が、徐々にレイノの息が乱れ始めたのが、キョーコにも分かった。

「......剣技はなかなかのものだが...見かけ通りの持久力の無さだな」

「...ふんっ...。俺は、あんたと違って筋肉馬鹿では無いのでね」

ガキィンと刃を振り払うと、レイノは後方に飛んで距離を取った。

「......俺は必死になって表で動くより、裏からジワジワ追い詰めるのが得意なんだ」

「そのようだな。今までもどうやらごちゃごちゃと裏工作をしてくれていたようでは無いか?  キョーコにヴィーグール侯爵家の後継ぎとの縁談なぞが持ち上がったのも、貴様の仕業なのだろう?」

「はっ、王族の姫が歳若く政略結婚するのは、なんら珍しくも無い。少し早まっただけのこと」

いけしゃあしゃあとレイノは宣う。

「今だってどうせお荷物の妹姫ではないか? 新政策を敷くべく奮闘しているアンタやアンタの側近達にとっては、旧王政の名残り、『正嫡の王女』など目障りなだけなはず。アンタがどれだけ前国王や異母兄妹達に冷遇されて恨んでいたのかも分かっているつもりだ。もう充分楽しんだだろう? 前国王の直系の王女を慰み者にするのも。それに......」

ちらり、と意味ありげにレイノに一瞥され、キョーコはビクッと身を竦めた。レイノは視線をレンに戻すと、挑戦するかのように言葉を続ける。

「まだまだ混乱してる国内。これからの国内の平穏と国交のためにも、アンタは新国王として隣国の王女でも娶るのが筋だろう? まあ、国王ともなれば後宮にいくらでも好みの美姫を囲えるだろうが...、仮にも『異母妹』と認識されてる者だけは、ヤバイよなぁ、倫理的に。バレたら立場がまずくなるんじゃないのか?」

「...王族は全員あの日に処刑された。貴様の言う者が誰の事だか分からないな」

「ふ〜ん。あくまで第五王女生存に関しては白を切る、と?」

レイノはくつくつと笑いながら、敢えてレンを煽ろうとする。

「俺がこのまま貰い受けてやってもいいぞ? 昔は乳臭いガキとしか思ってなかったけど、アンタに随分と仕込まれてかなり色っぽくなったみたいだし? 肌なんかすべすべで触り心地いいしな」

「......言いたい事はそれだけか?」

冷静に対処しているかに見えたレンの瞳は、底冷えするようなアイスブルーだった。視線だけで殺せそうなその眼差しでレイノを射竦めると、目にも留まらぬ荒ましい一撃をお見舞いする。キィンとした金属音と共にレイノの剣は大きく弧を描いてはじき飛ばされた。 すかさずレンはチャキッと剣を持ち直すと、丸腰になったレイノの首に剣を突きつける。

「......何か言い残す事はあるか?」

「ククク...。口封じか? 断っておくが、俺を殺せば秘密が守られるだなんて思うなよ?」









「レイノッ。伏せろっっ」



ひゅるるるるるるぅぅぅぅぅーーードカンッ



睨み合っていた二人の息遣いしか聞こえなかった森に、突如別の声が響いたと同時に轟いた轟音、そして閃光と煙。

咄嗟にレンがキョーコに覆い被さる。が、予期していた衝撃は訪れなかった。

「......ククク。では、またな」

そんな言葉だけ残し、レイノはこつ然と消えた。
煙が収まった頃にその姿は無く、白煙が風に乗ってただ空しく流れているだけだった。

レイノがいなくなり、森の中はふいに訪れた静寂で満たされた。

「...目くらまし、か。仲間がすぐ近くにいたとはな」

レンは舌打ちする。おそらく逃がすつもりは無かったのだろう。

「お兄......さま」

キョーコは弱々しくレンを呼んだ。先程からキョーコに覆い被さったままだったレンは、その呼びかけにハッと我に返り、慌ててキョーコを抱き起こす。その反動でマントが滑り落ちてキョーコのあられもない姿が露になった。それを目に入れた途端、レンの全身から怒りの炎が吹き出す。
キョーコは居たたまれなくなり、静かにポロポロと涙を零した。

「キョーコ......。すまない、怖い思いをさせた、な......」

レンは慌ててそう言うと、しかとキョーコを抱きしめた。
ふわり、とレンの香りが、温もりが、キョーコに伝わる。
その暖かさに、力強さに、キョーコはやっとほっとする。そして、自分がどれだけ兄に依存してるかを思い知るのだった。

ちゅ、ちゅ、と啄むような優しいキスの雨が、キョーコの額に、頬に、降って来る。
キョーコはそれらを心地よく思いながら受け入れた。ふと目を開けると、レンの端正な、しかし心配に彩られた顔が目の前にあった。
暫くの間、二人は無言で見詰め合う。
そのまま、どちらからとも知れず二人の唇は触れ合い......、互いが互いを確かめ合うように角度を変えて求め合った。

「......レン......に、」

キョーコの吐息すら奪い尽くす勢いで、一旦離れても、またすぐに唇を塞がれる。長く、甘い、気の遠くなるようなキスが繰り返され、キョーコの身体を蕩けさせて行く。

(ああ......)

やはり、この人だ、この人だけだと、キョーコの心は打ち震える。
どう口で抗っても、否定しても、結局は心も身体もとうにこの男性(ひと)に囚われていた。
キョーコはレンの腕の中から想いの丈を込めてレンを見上げた。

(レン...兄さま......。大好き......)

口には出せない。出すわけにいかない、でも。
愛してます......と心の中でそう呟きながら、ふわり、と微笑む。
それは、レンが無理矢理キョーコと関係を持ってから、初めて見せたキョーコの笑顔だった。
思わず硬直したレンの腕の中で、ふっとキョーコの身体から力が抜ける。

「キョーコ? キョーコ!」

安心したキョーコの意識は、そのまま深く、深く、眠りの海へと沈んでいった。







And that's all......?



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markura
(December 13, 2010)


森の中での鬼ごっごの末。
レン様、ギリギリ間に合いました。でも、案の定、逃げ足の速いレイノ。そして、キョコ姫は色々と一杯一杯でバタンキュー。
		

[2010年 12月 13日]

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