月光シリーズこぼれ話 - Vivamus atque Amemus


トントントン


俺がリビングのソファに腰掛けて、台本を読んでいると、キッチンから聞こえて来るリズミカルな音。
俺の彼女、キョーコが俺のマンションのキッチンで料理している音だ。
長いこと片思いして来た愛しの彼女と漸く想いを通じ合わせて、早数週間。
告白してから、なかなか信じて貰えず、逃げる彼女に追い回す俺、と告白後もかなり苦労したが、終わり良ければ全て良し。
お互い多忙な中でも、時たまこうして同じ空気を共有出来る幸せを噛みしめる。

未だ清い関係のままだが、時間さえ合えばこうして俺のマンションに来て遊びに来てくれるようになった彼女。
今までの社さん経由や 仕事にかこつけて頼んでいた事と あまり大差ないような気がしないでも無いが、なんと言っても相手は天然記念物的純情乙女。下手に手を出して、前進するどころか、後退するような目には会いたく無い。

とは言え、彼女の無意識な誘惑に、日々理性が試されているのは否めない......。
俺はいつまで『紳士』な状態を保てるだろうか?


ぼんやりそんなことを考えていたら、


「ーー痛っ」


突如キッチンから聞こえた声。
慌ててキッチンに駆け込むと、包丁で指を切ってしまったらしい彼女。
細い線のような傷口から、みるみる血が滲み出て来る。


「キョーコ、大丈夫?!」
「だ、大丈夫です!ちょっとぼんやりしてて......、少し指を切ってしまっただけです」
「見せてごらん」
「大した事ありませんよ?こんなの、舐めときゃ、治ります」
「ふ〜ん、そうなんだ?」


瞬時に変化した俺の雰囲気を感じ取ったのだろう、彼女は慌てて手を引っ込めようとしたが、そんな暇も与えず、ちゅっとその細い指先を口に含む。

「ーーあっ」

吃驚して声を上げるキョーコ。
俺に指を含まれた彼女は、案の定、真っ赤になっている。

「うん。甘い」
「つ、敦賀さんってば、アルカードがまだ抜けてませんね?!血が甘いなんて!」

真っ赤な顔で彼女が抗議する。
別に、そんなつもりでは無かったんだけど、彼女のこんな初心な反応を見ると、ついつい悪戯心が湧いてしまう。

「本当に甘いのは指じゃなくて、唇なんだけど」

「え?」

食べていい?と耳元で囁いてみれば、必死になって、甘くないです!食べちゃダメです!と返して来る。
俺は、にやっと笑みを浮かべると、昔覚えた恋愛詩を彼女の耳に囁いた。


da mi basia mille, deinde centum,(私に千の口づけをおくれ、それから百)」

「ひゃんっ」

dein mille altera, dein secunda centum,(つづいてまた千。そして百)」

息を混ぜるように囁くと、くすぐったいのだろう、彼女が身をよじる。

deinde usque altera mille, deinde centum. (それからまた千。つづけて百)」

「つ、敦賀さんーー!!」


涙目で上目遣いに睨まれたって、全く怖く無いんだけど?
それどころか、逆効果だから。
そこんところ、全然分かってないでしょ?

悠然と微笑みかけると、面白いくらいピキリと目を見開いたまま硬直する。
固まってしまったキョーコの耳に更に囁き続けた。

dein, cum milia multa fecerimus,(こうして何千もの口づけをかわしたら)

conturbabimus illa, ne sciamus,
(あとは何が何だかわからないように、 数をごちゃごちゃにしてしまおう)

aut ne quis malus inuidere possit,(私達がどんなに口づけを交わしたか知られても)

cum tantum sciat esse basiorum(誰も妬めぬように)」


そう囁きながら少しだけ俺の脳裏に浮かんだのは、あの鼻持ちならない彼女の幼馴染。
ま、彼になら俺達の事、幾らでも邪推して妬んでもらっても構わないけど?


「敦賀さん!!」


再び響いたキョーコの抗議の声。
俺は即座にその唇を自分の唇で塞いだ。
彼女の柔らかい唇に触れるだけの優しいキス。


「くすくす。ごちそうさま。治療費代わりの一回、ね。本当は千回したいところだけど、つけとくねv」


にやりと不敵に笑った俺に、 我に返った彼女の怒声が響いた。


「つけとくって、つけとくって、どういう意味ですかーーーっっっ」

「いつか、この詩の通りに実行するってこと」


きょとん と小首を傾げた彼女に微笑む。
そう、今はまだ無理でも、その内......ね。
その時は、意味が分かりませんでした、じゃ済まないから。


ーーともに生き、ともに愛し合おうーー



Vivamus mea Lesbia, atque amemus,
rumoresque senum severiorum
omnes unius aestimemus assis!
soles occidere et redire possunt:
nobis cum semel occidit brevis lux,
nox est perpetua una dormienda.
da mi basia mille, deinde centum,
dein mille altera, dein secunda centum,
deinde usque altera mille, deinde centum.
dein, cum milia multa fecerimus,
conturbabimus illa, ne sciamus,
aut ne quis malus inuidere possit,
cum tantum sciat esse basiorum.


Vivamus atque Amemus (in Latin by Catullus, Poem 5)


ともに生きようよ、愛しのレスビア、そして愛し合おう。
頭の固い年寄りの陰口は 
みんな1アスの値打ちもないと考えようよ。
太陽は沈んでもまた昇る。
いったん短い光が私たちのために沈んだら、
永遠に続く夜を眠らないといけない。
私に千の口づけをおくれ、それから百。
つづいてまた千。そして百。
それからまた千。つづけて百。
こうやって何千もの口づけを交わしたら、
あとは何が何だかわからないように、 数をごちゃごちゃにしてしまおう。
私達がどんなに口づけを交わしたか知られても 
誰も妬めぬように。

ともに生き、ともに愛し合おう カトゥルスの『カルミナ』詩集 第5歌



FIN

August 31, 2008 by markura

注:原文はラテン語。残念ながら私はラテン語は分かりません。ネットにあった和訳バージョンを英訳版を元に自分好みに手直ししました。

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