月光シリーズこぼれ話 - 蓮の気配り


カツン、カツン、カツン......

静かに靴音を響かせながら、優雅に歩を進める俺の担当俳優。
いつもの通り うっとりとした、あわよくばお近付きになりたいわ〜、と遠巻きに眺める女性達の眼差しなど目もくれず、長いコンパスを駆使して颯爽とテレビ局の廊下を突き進むその姿は、さすが「日本一いい男」。......しかし、その表情はあくまで無表情。


「......おい、蓮」


暫く一定の距離を保ちつつ黙って蓮の斜め横を歩いていた俺だが、流石に無言の重圧に耐えかねて口を開いた。
この度、漸くめでたくも意中の彼女と両想いになってこの世の春を謳歌しているはずなのに、なんだってまたこんな不機嫌オーラを放出してるんだ?


「なんですか?社さん?」


振り向き様、キラキラと突き刺さるような笑顔を向けられた。

......怖いから。
大体、理由も無く、俺に怒りをぶつけるな!それじゃ、ただの八つ当たりだろう?!


「おまえ、何、怒っているんだよ?」
「怒ってなどいませんよ?......不機嫌なだけです」

......どう、違うんだ。屁理屈こねやがって。

「だから、なんでそう不機嫌なんだ?」

お兄さんに言ってごらん?と話を促すも、どうも歯切れが悪い。
十中八九、こいつの下らん独占欲から来る被害妄想だろう。


「......今日、キョーコは丸一日オフなんです」
「そう言えば、キョーコちゃん、そんな事言ってたよな」

蓮ほどでは無いとは言え、このところかなり多忙を極めていたキョーコちゃん。
漸く勝ち取った久し振りのオフが彼女の親友、琴南さんと偶然重なったとかで、一緒にショッピングしたり、可愛いカフェに入ったりして楽しむのだ、と可愛い笑顔を浮かべながらそれはそれは嬉しそうに報告してくれたっけ。


「......俺がこうして仕事で身動きが出来ない間も、琴南さんはキョーコと二人きりで楽しんでいるのかと思うと......」

ぐっと、握り拳をぶるぶる振るわせながら、如何にも辛そうに打ち明ける。
おいおいおい、何 女の子相手にまで嫉妬しているんだよ?
心の狭い男は嫌われるぞ?


「おまえな〜。 独占欲も大概にしないと、キョーコちゃんに嫌われるぞ?」
「そんなこと、分かっていますよ......。分かってはいるんですが、仲良すぎません?あの二人」

ふうっと悩まし気に溜め息を吐く。
どうやら、頭では分かっていても、心では割り切れないらしい。

「そりゃ、お互い事務所入りして以来の親友同士だからな」
「......以前だって、琴南さんがプレゼントしたコスメキットの方が、俺のプレゼント以上にキョーコに喜ばれてたし.........」

おい、おまえあの時、
『あげる側が、勝手に優劣つけてどうするんですか......?どんな形にせよ、もらう側が喜んでくれればそれでいいじゃないですか』

な〜〜んて大人な対応してなかったか?やっぱり根に持っていやがったんだな......、琴南さんに良いとこ取りされたの。

「......今日は仕方無いとは言え、ときたま 折角夜の逢瀬を二人で楽しもうとしても、『今晩はモー子さんと夕食に落ち合うんです〜v』とキョーコに断られる時もあるし......」


更にプチプチ小声で愚痴ってやがる。
まったく、昔の、誰にも執着せず、無難に広く浅くつき合っていたこいつからは信じられん台詞だな。
こいつの変わり様に表面上は呆れながらも、その実、俺は内心喜んでいる。
蓮の人間らしい意外な面々を拝めるようになったのはひとえにキョーコちゃんのおかげだ。
......まあ、ちょっと独占欲が強すぎる気がしないでも無いけど。


「蓮......、キョーコちゃんにだって女同士のつきあいってものがあるんだからな」

こう、彼女の交友関係含めて、すっぽりと包み込めるようにだな......、と言う俺のアドバイスも、こいつには納得出来ない物があるらしい。

「そういうものですか」
「まあ、琴南さんに恋人でも出来たら、また話は変わるのかもしれんが」

とは言え、当分無縁な話かもな。
彼女もある意味、キョーコちゃんと同じで恋愛面では疎そうだから。


「......なるほど、そう言う手がありましたか」

にやり、とどこぞのワンマン吸血鬼そっくりの悪人面が視界の端に引っ掛かったような気がする。
なんとな〜く、不穏な空気を感じるのも......、気のせいか?


「......それはそうと、社さん程の出来た人間なら、世の女性が放っておかないんじゃないですか?モテるでしょう」

「ははは......。そうでもないさ。何より、この仕事してると、そんな自由な時間が無くてね」

ん?なんか矛先が妙な方向に向かってない......、か?

「そうなんですか......。じゃあ、社さんの理想のタイプの女性って......?」
「う〜ん、そうだなぁ。強いて言えば、自分をしっかり持ってる少し気の強そうな日本美人......」

なんだって急に俺の好みなんか聞くんだよ!
俺はなんとなく肉食獣に狙われた獲物のような心持ちになって、つい後退りした。

「ほう、ぴったりですね」
「......蓮、何がだ?」

その穏やかな微笑の裏で何を企んでいる?!

「社さんと琴南さんですよ、きっとお似合いですよ?」
「......なんでそうなる?」

にーーっこりと完璧なまでの爽やかな笑顔が、逆に悪魔の微笑みに見える。


「今さっき社さんが言ったんじゃないですか、琴南さんみたいな日本美人が理想のタイプだって」

「勝手に言い回しを換えるな!誰が『琴南さんみたいな』と言った?!」

「おや、社さん、彼女じゃ不服だとでも?」

「いや、そういう訳では...」

「じゃ、いいんですね?早速キョーコと相談して、セッティングしてあげますからv」

「......おい、蓮」

「ああ、社さん、礼には及びませんよ?いつもお世話になっている上に、キョーコの件では色々とご尽力下さいましたしね」

「いや、だからそうじゃなくてだな」

「社さんだっていつまでも独り身では寂しいでしょう?」

「おまえにだけは、言われたく無い!」

ついこの間まで、ヘタレて告白すらできなかった奴にねっ。

「うまくいったら、いいカモフラージュにもなりますしね。4人一緒にいても、同じ事務所の俳優とそのマネージャー、そして女優2人。まさかダブルデートだとは思わないでしょう」

「こらっ、一体、なんの未来予想図だ?!」

「落ち着いて下さい、社さん。何に気を立てているんですか」

「......おまえ、俺に琴南さんを誑し込ませて、厄介払いしたいだけだろう?!キョーコちゃんを独占したいがために、俺を売る気だなっ」

「え?嫌だなぁ、人聞きの悪い......。何邪推してらっしゃるんです。俺は純粋に社さんと琴南さんだったら、素敵なカップルになるんじゃないかと」

キュラッ、キュラッ と嘘くさい笑顔を振り巻いて、説得力などあったもんじゃない。
このご都合主義者めっ。己の幸せのためには、周りの意見は一切無視か?!
立ってる者は、自分のマネージャーでも使えってか!


......どうやら、二人が纏まってくれても俺の受難は続くようだ。


FIN

July 21, 2008 by markura


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