月光シリーズこぼれ話 - 蓮の苦難


あのブリッジロックの光くんの一件の数日後、今か今かと蓮からの朗報を待っていた俺が目にしたのは、己の周りにブラックホールをしょった物騒な担当俳優。まさかキョーコちゃんに振られたのか?! と聞くに聞けぬ状態で過ぎ去ること早数日。
さすがに仕事自体に支障を来すような事はしなかったが、その合間合間の落ち込みようは悲惨なもので......。つまり俺はそんな鬱陶しい蓮にばかりつき合わされていたわけだ。

そして、巡って来た「ムーンシャイン」の撮影日。表面上は滞り無く予定通り撮りが進んだものの、妙にキョーコちゃんの蓮に対する様子が他所他所しい。なのに、蓮が撮影の最中だったり、他の人間と話していたりすると、遠くからじーーっと熱い眼差しで見詰めている。


一体全体、どうなっているんだ?!この二人は!!


実際の蓮の告白のTPOが如何程のものだったが俺には知る術もないが、蓮とてかなり気合いを入れて時と場所と状況をよーーっく考えて行動に移したはずだ。
なのに、なのに.........、


どうしてこうも一筋縄で行かないんだよ!


ぷちぷちと文句垂れつつ(勿論、心の中で!)蓮の控え室へと足を運んでいた俺の耳に、聞き慣れた男女の言い争っている 声が入ってきた。
俺は はっ、として周囲に誰もいない事を確認すると、そっと壁の影から二人を覗く。
二人が立っている場所は控え室の並ぶ廊下でその先は突き当たり。俺が来た方向からしか人は来ない。


「最上さん!どうして俺を避けるんだっっ」

「さ、避けてなんかいません!特に用事も無いのに無闇に敦賀さんのような大先輩に近付くのはご迷惑だと思って控えているだけです!」

「それが避けていると言うんだ!急にそんな態度をとり始めるだなんて、俺の気持ちは君にとってそんなに迷惑なのか?!」

「そんなんじゃありません!敦賀さんこそ、いたいけな後輩をいつまでもからかうのは止めて下さい!」

「からかってなんかいないっっ。君こそどうして俺の気持ちをそう否定するんだ?!」

「つ、敦賀さんのような方が私みたいな人間を本気で好きになる訳ないじゃないですか!」

「なぜそうやって自分を卑下する?『俺みたいな方』って、君こそ一体俺をなんだと思っているんだ?」

「目標にしている尊敬する大先輩です!」

「やめてくれっ。俺が欲しいのは『尊敬』なんかじゃないっっ。俺は、本当に、君の事をっ」

「止めて下さいっ。つ、敦賀さんは単に役に、アルカードの気持ちになり切っているだけなんですっ。だ、だからそんな世迷い言を言うんだわっ」

「役の気持ちにって、そりゃ、役柄に(多少)は便乗したかもしれないけど......」

「だ、だからそうなんですよ!私がこんな気持ちになるのも、敦賀さんのアルカードが妖艶過ぎるからなんです!」

「え?こんな気持ちって......」

「ア、アルカードがあんまり艶っぽくユリアを見詰めるから......、私も釣られて敦賀さんにドキドキしてるんです!それだけなんです!」


それだけ言い捨てると、些か呆然としている蓮の隙をついて キョーコちゃんは疾風の如くその場からいなくなってしまった。壁に張り付いていた俺にさえ気付かなかったらしい。

そうっと再び壁の影から覗くと、行き場の無い片手を宙に浮かせたまま呆然としている哀れな男。
......『芸能界一いい男』の肩書きもキョーコちゃんの前では形無しだな。

とは言え、あまりの哀れな展開に、俺は心の中でそっと涙を拭う。
......ほれみろ、蓮。調子に乗って役柄に便乗して好き勝手してたから、今頃そのツケが回って来たじゃないか。ど〜う挽回する気なんだよ、まったく。

あ、俺また胃が痛くなって来た......。胃薬また買いに行かないと駄目かな。
ったく、胃薬代も馬鹿にならないぞ?必要経費で落としてやろうか......。


FIN June 10, 2008 by markura


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