月光の軌跡



ー プロローグ ー


一人の少女が、人気の無い夜道を 辺りを気にしつつ歩いていた。
彼女は隣村の知り合いに頼まれ、その村で大々的に行われた結婚式の手伝いに借り出されていたのだ。
華やかな行事は延々と続き、やっと解放されたと思ったらすっかり夜半過ぎ。既に宵闇に飲み込まれてからの帰宅になってしまったのだ。

「やっぱり......おかみさんのご好意に甘えて、あちらのお家に泊まらせて頂ければ良かったかしら?」

しんと静まり返った闇夜の中、不安気に辺りを見回しながら、少女は零す。
そう時間の掛かる距離ではないし、何度も往復した事のある見知った道のりだ。 それでも、この時分にたった一人で夜道を歩くのは不安だった。
必要以上に他人に迷惑をかけるのを良しとはしない彼女。
それは「自分が孤児である」ため、自己を過小評価するきらいに起因しているかも知れない。

「それに...」

と、彼女は思い直す。手に持っているのは籠一杯のご馳走。 今日の結婚披露宴で振る舞われたその余り物をお裾分けして貰えたのだ。早くこれらを孤児院で待っている子供達にも見せてあげたい。
孤児院ではめったに口にする事の出来ない、料理やお菓子ばかり。
どんなに、みんなが喜ぶ事だろう。

子供達の浮かべる笑顔と感激する様を思い浮かべ、ふふふ、と微笑しながら、少女は足早に家路を急ぐ。
空にはぽっかりと銀の月。満月のためか、夜半でも比較的明るい。

「今日が満月で良かった...。真っ暗じゃ、とてもじゃないけど一人で歩けないし......」

空を仰いで、少女は呟く。彼女は月が好きだった。
闇夜にも煌煌と光り輝き、辺りを照らしくれる、優しい光。
それは、目に眩しく力強い陽光とはまた違った、優しさと気高さを兼ね揃えていて......。
そう、例えるならば、それはまるで慈愛に満ちた母の眼差し。
その温もりと光の中では、如何なる不安も払拭されるような、希望が沸き上がるような...。
顔も知らない、誰だかも分からない母親を、彼女は月の光に求めていたのかも知れない。

月を見上げ、無意識に唄を口ずさんでいると、急に翳った空。

『な、にー...?』

それは、鳥にしては大きく、雲にしては近すぎる一つの影。
月を背に、舞うようにゆっくりと空を降りてくるその影は、人型を模し...。
そして......、近付くと同時に露になる、端正な顔と底光りする紅い瞳。
長身のその男が纏っている黒い服はボロボロに破れ、無惨に裂けているのに不思議と粗野な感じはなく、香って来た血の匂いから 相手が手負いである事を知る。

ドキン、ドキン、と早鐘を打ち始める少女の心臓。
何か、この男の纏う空気が、異質である事を、
月の優しい銀糸を遮断する悪しき存在が目の前に現れた事を、彼女は本能的に感じ取った。


「若い、娘か......」

にぃっと、その男は不敵な笑みを浮かべた。

「今の......、今宵の獲物には丁度いい......」

そう零すと、じぃっと少女を見据えたまま、男が少女に近付く。
少女は後ずさろうとしたが、何故か金縛りに遇ったように、体が思うように動かない。
恐怖で悲鳴を上げ続ける心臓を押さえ、シスターに頂いた胸元の銀の十字架を握りしめて、少女は気丈にもきっ、と目前の相手を睨みつけた。

「くくっ。気が強い、な......」

面白い......。
そんな言葉が耳元に囁かれたような気がした。
その眼差しに魅入られたまま、いつの間にかその唇が自分の首筋を這っている。
怖いのに、心臓はそれこそ割れんばかりに早鐘を打っているのに、抗う事すら出来ない。
暫くの間、その薄皮一枚の奥に脈打つ血潮を確かめるかのように、男は舌でその柔肌をなぞっていたが、

「!!」

次の瞬間、少女は首筋への鋭利な痛みを感じ......、そして、痛みとも甘い痺れとも言える感覚が、少女の身体全体を襲う。
朦朧としてくる意識の中、覆い被さっている男の向こうに、ぼんやりと映る銀の満月......。

『助け、て......』

声にならぬ叫びをあげながら、しかし、次第に視界はぼやけ、少女の意識は闇へと落ちていった......。


**


「カーーーット!!」

監督の声がスタジオ中に響く。
その声を合図に、一気にスタジオ内の緊張が解けた。

「よ〜しっ。良かったぞ!蓮!キョーコちゃん!期待通りの雰囲気だ!」

ホクホク顔で新開監督がそう零す。
『期待通り』ねぇ......。そりゃあ、蓮にとっちゃ『天役』とも言えるべきこの配役。それこそ、監督の期待以上の『演技』をこれからも披露してくれるでしょうよ。

俺は心の中でそう突っ込みながら当の担当俳優へと視線を移した。
相変わらず、キョーコちゃんを抱きしめているような状態で......。おいおい、いい加減に離さないと周りに変に思われるぞー...?って、なんかキョーコちゃんの様子がおかしい......?

「最上さん!最上さん!」
「......ふぇ〜〜」
「?!、大丈夫?!一体......」
「や、やり過ぎです!敦賀さん...ーー...!!」

目に涙を浮かべ、これ以上はないくらい赤面して、文字通り茹で蛸状態のキョーコちゃん。
慌てて蓮の抱擁から抜け出すと、距離を取った。
一方、蓮は無表情のままキョーコちゃんを見詰めている。

「く、首筋を舌でなぞる、なんて指示、シナリオに無かったじゃないですか!わ、私、こういう事に免疫無いんですから、もう少し手加減して下さったって......!」
「手加減なんかしたら、いいモノが撮れないだろう?実際、君だって充分俺の演技に付いて来たじゃないか」
「あ、あれは、単にまた敦賀さんに...ーーっ」
「俺に?」

いけしゃぁしゃぁと返した蓮に 何かを言いかけたキョーコちゃんだが、悔しそうに きっ、と一度だけ睨みつけると、バタバタと自分の楽屋へと駆けていってしまった。

「れ〜〜ん〜〜。何やってんだ、お前は......」

相変わらず、好きな子を苛める小学生か?と続けたいのを必死で押さえて、担当俳優に歩み寄る。
当の本人は、意中の少女が消えていった方向に視線を向けたままだ。

「お前な〜〜。役所をいいことに、そうあからさまにスキンシップはかると、嫌われるぞ−...?」
「なんのことですか?俺は常に、最高の画が撮れるよう、全力を尽くしているだけですけど?」
「ああ、そうか?周りの人間にはうま〜く騙せてもな?それなりにお前を知っている人間にはお前の魂胆なんか見え見えだぞ?」
「魂胆だなんて、失礼な......。大体、社さん以外にそう変に勘ぐる人がどこにいるって言うんです」

あくまで自分の気持ちを認めず、淡々と述べる蓮にいい加減、腹が立ってくる。

「蓮......。お前......この仕事がど〜ういう経緯で回って来たか、俺が知らないとでも思っているのか?」
「どういう...って、一体何のことです?」

あくまでしらを切るつもりか、この若造!

「この映画、『ムーンシャイン』。最上さんにとっては初出演の映画の上、今までの苛め役からは180度変換の、彼女にとってはステップアップ以上にイメチェンも兼ねている、重要な仕事でしょう」

そうなのだ。
キョーコちゃんはダークムーンの未緒役で一気に名を売る事に成功したものの、そのあまりのどぎつい役柄から、以後来たオファーはどれも苛め役ばかり。それでもワンパターンの『苛め役』ではなく、どの作品でも独特の解釈と役作りでもって深みを出す演技が、「京子」の女優としての力量に定評を与え......、そして今回の映画出演のオファー。


「ムーンシャイン」


新開監督による、15~16世紀の封建的な大英帝国が舞台のゴシックロマン。
ヴァンパイアを始めとする異形の者達が、伝説などではなく実在の恐怖として存在していたという時代背景。

身寄りも無く、物心ついた時から都心から離れた町の孤児院で育った一見ごく普通の少女。
そして、世間を騒がせていた純血の誇り高い吸血鬼(ヴァンパイア)。
ある満月の夜、不覚にも重症を負わされたヴァンパイアは、逃走中偶然通りかかった少女を襲って一命を取り留める。
しかし、予期せぬ誤算は、彼女がダンピール – 混血のヴァンパイア、しかも彼よりも格上の血筋だったと言う事。
如何なる状況下であろうとも、自分より高位のヴァンパイアから血を与えられたら、下位のヴァンパイアは強制的に「従属の契約」をその血肉に刻まれ、その証として左手の甲に「従属の印」が浮かび上がる。そして、下僕となったヴァンパイアは定期的に主人から血を分け与えて貰わなければ朽ちて死んでしまうのだ。

片や、全くの不可抗力な成り行きで、いきなり高位のヴァンパイアを従わす事になった純真無垢な平凡少女と、
片や、 『混じり者』などに隷属するなど屈辱でしかない傲慢なヴァンパイア。
お互い望んで始まった関係では無い故に不協和音な二人だが、あらゆる事件を通して徐々にその距離を縮めて行く......というのが、大まかなあらすじ。

その映画のヒロイン、純血のヴァンパイアの主人となる孤児の少女役に白羽の矢が立ったのがキョーコちゃんな訳だ。

新開監督は、キョーコちゃんが入所したての無名新人だった初対面の頃から彼女に目を付けていたらしく(勿論、女優としてだ!)今回の映画のヒロインはぜひ彼女に、と名指しで指名して来たそうだ。
一方、その相手役のヴァンパイアの方はその段階では決まっておらず、キョーコちゃんへのオファーをLMEに打診する際、うちの社長に直談判しに来た新開監督が、その件も含めて社長に相談したらしい。
なんでも、蓮以外にも他二人、貴島と......、よりにもよってあのヴィー・グールのボーカル、レイノまでその候補に上がっていたとか。
まあ、うちの社長も軽井沢での一件は知っているから、あのストーカー野郎が間違っても相手役になるような事は阻止しただろうが......。しかし、当時の状況では、蓮がこの映画の話を受けるにはどう頑張ってもスケジュール的に無理があった。
それは社長自身もよく分かっていたはずなのだが、かと言ってその場でやんわりと断るような事はせず、何をどう仕向けたのか、いつの間にか蓮自身がその事を、しかも役所を引っ括めて知る事となり......。
勿論、社長の根回しも多いな影響力はあっただろうが、このスケジュールをねじり込むのに俺は3日間強!不眠不休の生活を強いられたんだ!
......役所を知った時点で、蓮の奴が黙ってこの仕事を他の奴なんぞに譲るわけが無いとは思っていたけどさ。


「......だからこそ、いい映画になるよう、俺は持ち得る全てをかけて臨みます」

それこそが、彼女のためになるでしょう
......な〜んて尤もらしい台詞を吐いたところでこの俺に通用すると思うなよ!
お前は絶対!仕事にかこつけて全力で彼女を誘惑するに決まっている!

......情けないのは、お前が度を過ぎて大胆になれるのは、あくまで「役」の中だけで、いざ役から離れるといつもの「いい先輩」の仮面に逃げやがる。見てるこっちが歯痒くなってくるんだよなぁ。

案の定、映画のプロローグのあのシーンでさえあの妖艶さだ。
......キョーコちゃん、大丈夫かな?これから保つのかなぁ。


「お〜い、蓮!次のシーンでちょっと話し合いたいことがあるから、悪いがちょっと来てくれ」

丁度蓮が監督に呼ばれたので、これ幸いと俺はキョーコちゃんの楽屋へと向かった。


コンコン

......返事が無い。


コンコンコンッッ

再びキョーコちゃんの楽屋をノックをしてみても応答が無いので、もう外に出ているのかと試しにドアノブを回して中を覗いてみた。

「ブツブツブツ.........」

何やら小声で呟きながら、楽屋の中を八の字描いてぐるぐる歩いているキョーコちゃん。
そのままじっと眺めていると、ほぅと何かに惚けているような、見蕩れるような色っぽい表情を浮かべたと思ったら、急に真っ赤になって勢い良くブンブンと首を振り出したり、ふりふりと人差し指を振りながらまるで誰かに説明しているような素振りをとったと思ったら、頭を抱えて座り込んだり......。

......相変わらず、100円玉入れたら動くおもちゃみたいだな、見てて飽きないけど。
どうやら自分の世界に閉じ籠って色々考えているようだが、ふいっと顔を上げた拍子にばっちり俺と目が合ってしまった。


「きゃぁーーっ、社さん!いつからそこにいらっしゃったんですかぁ!」
「ご、ごめんね?何度かノックしたんだけど、返事が無かったから不在なのかと確認しようとして......。いつ声かけようかと思ってたんだけど」
「そ、そうだったんですか...?すみません、気付かなくって」

どうぞ中に入って下さい、という言葉に甘えて少し段違いの畳張りになっている所の端に腰掛ける。
キョーコちゃんが楽屋に設置されていたポットでお茶を入れてくれたので、そのままごちそうになった。

「あの〜、ところで社さん?敦賀さんは......」
「ああ、今監督に呼ばれているんだ。あの撮りの後のキョーコちゃんの様子がちょっと気になったものだから......」
「......すみません、ご心配おかけして」

ほっとした溜め息とともに、キョーコちゃんがそう答える。
蓮のバカめ、言わんこっちゃない。既に警戒心持たれているじゃないか。

「まあ、蓮の奴も悪気がある訳では無いから......。キョーコちゃんならば 巧く蓮の『演技』に応えられると思っているんだよ」

探りを入れるついでに、さりげな〜く蓮の行動のフォローも入れとく。
......悪気は無くとも、下心は思い切りあるだろうが、決してそれは口外しない。

「あ、いえ......。私こそ失礼な反応してしまって......」
「いや?当然の反応だと思うけど?」
「いえ!己の未熟さを棚に上げて大先輩に突っかかるだなんて!」

もってのほかです!と己を叱咤するキョーコちゃんに、どこまで素直ないい子なんだと、ほろりと来る。

「少しは太刀打ち出来る実力を身に付けたと思ったのに......。なのに、また敦賀さんにいいように演技させられたと思ったら悔しくって......」

蓮の、あの私情入れまくりのアドリブが、あくまで『演技解釈』だととっているらしい。

「敦賀さんは、相手役を『本気』にさせる方だから......。正直、これから先が不安です」

はぁーーっと深い溜め息と共にそう零すキョーコちゃん。
その心情は分からぬでもない。実際、俺は仕事にかこつけての蓮の暴走を、どれだけ制御出来るかが目下の悩みだ 。

最終的にはお互いを認め合い、想い合う展開になっては来るが、初めの頃のヴァンパイアは鬼畜そのもの。
自業自得だというのに、ダンピールの少女の使い魔になるなどと、と半ば八つ当たりのように少女に辛く当たる。
自分には全く非がないのに責任を感じているのか、決してヴァンパイアに「命令」しない少女。
それすらも、そして、ヴァンパイアの常識も理も一切知らないという事実にも苛立つヴァンパイアは、吸血の度にか〜な〜り〜強引にあれやこれや......。

............。
俺ですらどんな場面に仕上がるのかと、想像する事すら拒否しているというのに、キョーコちゃんなんかもっと不安だろう。

「ま、まあ、大丈夫だよ。そう心配しなくても......」

心にもない事を言ってみるが、実際問題、不安要素はてんこ盛り。

「......ちゃんと分かってはいるんです。敦賀さんは、あくまで演技をしているだけだって。自分が勝手に......それに引き摺られているだけだって......」

そりゃあ、キョーコちゃんみたいにプロ意識満々の役者には、蓮の演技と称した本気に流されるような形で演技するのは、屈辱以外の何物でも無いだろう。

「なのに、カットと聞こえても、敦賀さんの表情っていうか、雰囲気に毒されたままで中々覚めないって言うか......」

ん?

「わ、私はこういう密着した演技自体、経験と言うか、免疫がないので、ある意味当たり前なんですけど!」

......あったら、あったで蓮が逆上するよ......。

「一人になっても、何故か敦賀さんの神々スマイルや敦賀セラピーが脳内で勝手に再生されて......」

...... 神々スマイル? 敦賀セラピー?蓮絡みというのは分かるが、何の事だ?
神々スマイルの方は何となく分かるが(多分、あのキョーコちゃん限定甘々スマイルだろう) 敦賀セラピー?
蓮の奴、何やらかしたんだ?

「敦賀さんの顔すら、まともに見れなくなりそうで...ーー...!」

そ、それは、もしかして、もしかすると、キョーコちゃん、蓮を意識しているってことではーー!

「キョーコちゃん?」

とにかく、折角意識し始めているのなら、妙な自己解釈でもって自己完結でもされたら、堪ったもんじゃないので(俺の胃が)うま〜く誘導できるものは誘導しておこう。

「な、なんですか?」

キョーコちゃんがなぜが俺の笑顔を見て後ずさったが、この際見なかった事にしておく。

「ちょっと確かめたい事があるんだけど、蓮ってキョーコちゃんにとってどんな存在?」
「尊敬する大先輩です!」

間髪入れずに握り拳で即答するキョーコちゃん。まあ、これは想定内。

「なるほどね〜。で、もしさぁ、このヴァンパイア役が蓮でなくて他の男性(ひと)だったりしたらキョーコちゃんどうすると思う?」
「どうって......?」
「どんな反応返すと思う?例えば......そう、相手役が貴島あたりだったりしたら?やっぱり同じように顔が見れなくなると思う?」

そう問いかけられて、キョーコちゃんは暫く人差し指を顎にあてて天井を仰ぐように考え込んでいたが、

「特に......、そうはならないと思います。ダークムーンでも貴島さんとはちょっとした絡みがありましたが、結構冷静なまま演技出来ましたし......」

あ、でも首筋を唇でなぞられりしたら、鳥肌立っちゃうかも、などと、ぶるりと身を震わす。

「ふ〜ん。で、蓮なら大丈夫だったの?」
「大丈夫って言うか......。気持ち悪いとは思わなかったけど、でも、背筋になんかぞくぞくって電気みたいなものが走ってちょっとびっくりしたんですよねー」

......さすが夜の帝王、促す反応も群を抜いてます。
なんて、また俺には馴染みのない、おそらく蓮のもう一つの形容詞であろう単語が引用されていたが......、知らぬとは言え、なんてことを淡々と暴露するのか、このお嬢さんは!
身の安全のためにも、安易に蓮の前でそう言う事は言わない方がいいよー...?と飲んでいたお茶にむせりながら俺は思った。

「つ、つまり、蓮ならそう言うことされても大丈夫ってことだよね?」
「だって!敦賀さんなら意味なく演技の最中に余計な事なさるわけないじゃないですか!」

そう力説するキョーコちゃんに俺は思いっ切り突っ込みたい。
なんなんだよ、その絶対的信頼!どう刷り込みやがった、蓮の奴...ーー...!
ある意味、相手にされないより不味いんじゃないか......?

「 要するに、私が敦賀さんの妖婉さに慣れさえすれば大丈夫なんですっ!」
「へ?」

俺が考えている最中に続いたとんでもない言葉に、俺は更に咽せりそうになった。
それはそれで、困る!キョーコちゃんに蓮の色気への免疫が付いてしまったりしたら、この先どうやって異性として意識させればいいんだ!?

「じゃ、じゃあ、質問を変えよう、キョーコちゃん」
「はい?」
「もし、逆の立場だったら?蓮のヴァンパイアが、キョーコちゃんで無く、別の女の子にああ言う演技をしたら......どう思う?」

一瞬、電気にでも打たれたみたいに両目を見開くと、キョーコちゃんは目を伏せてポツリ、と言った。

「そんなの......、お仕事なんだから、仕方ないじゃないですか」

悲しそうな、切なそうなその反応に、俺は心の中でガッツポーズを決める。
よっしゃーーっ、脈あり!......でも、キョーコちゃん自身、未だ無自覚みたいだよなぁ。
変に第三者が突ついたら、妙な方向へ行きそうだし......。

これはやっぱり、蓮に頑張って貰うしかないな、役の中だけでなく、現実の方でも!
何より、蓮の色気への耐性がこの仕事を通してキョーコちゃんに付いてしまう前に、事を進める必要性がある......。
俺は、出されたお茶の残りを啜ると、キョーコちゃんに礼を言って、彼女の楽屋を出た。



さて、どうやって根回しするか......。

こつこつと、スタジオへ続く廊下を歩きながら、俺は暫し考え込んだ。

やはり、蓮の食生活を引き合いに出して、キョーコちゃんを蓮のマンションへ送り込むか......?
蓮相手に台本読みの練習も出来るとなれば、キョーコちゃんは嬉々として狼の穴に飛び込むだろうし。
それでもって、あの恋愛音痴にどう発破かけるか......。
どっかに都合のいい当て馬でも転がっていないかなぁ。

兎にも角にも、二人が纏まってくれさえすれば、俺の心の平安(並びに胃の調子)は守られるとこの時点の俺は思っていた。
それが、都合のいい夢であったことを、知る由もなく......。


FIN

April 19, 2008 by markura

後書き: Gこと元基(げんき)様のリクエストは「蓮→←キョ(告白未満)でやきもきする社さん又はクー視点」でした。あんまり 蓮←キョっぽく無かったかも知れないけど......。これには一応、続きがあります。この続きが別のキリリクへと繋がる予定なのです。


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