厚手のしっかりしたクリーム色の封筒から出て来たのは、落ち着いた緑で縁取られ、同色のリボンで飾られたクリーム色のカード。
リボンのすぐ下には誇らし気にカップルの名前が記されている。
蓮がカードを開くと、その中に更に名刺サイズの小さなカードが入っていた。

(Bridal Registry…か)

それは新婚夫婦へと贈る結婚祝いのリスト。
その作成は、結婚前の夫婦が結婚式の前に行なう共同作業の一つでもある。

(さて、この悪友は一体どんなリストを作り上げたことやら)

小さなカードを手元で遊びながら、蓮は思った。


Bridal Registry



明らかに常人より頭一つ高い身長。
鍛え抜かれた立派な体躯が纏う衣服は黒一色。
室内だと言うのに、黒のロングコートに身を包み、伸び過ぎた前髪から垣間見えるは獣の眼光。

周りの人間に恐れを刻み込まずにはいられない威圧感を放ちながら、その男は壁に寄りかかって一人佇んでいた。


「...立ってるだけなのに、こえ〜な、おい」

「BJ役の俳優だろ? 確か日系英国人のカイン・ヒールとか...」

「本名だか、芸名だか知らんが、名前からして人一人くらい既に殺してそうだな」


行き交う映画製作スタッフ達は、敢えて視線は合わさず、しかし、恐いもの見たさか、ちらちらと壁際の男を意識しながら、そう囁き合う。


「彼は彼で謎が多くて扱い難いが、俺としては、もう一人の方をどうにかして欲しい...」

「...それは言える。多分、あの子に悪気は無いんだろうが、あの露出の激しい衣装に、傍若無人な振る舞い......」

「直接、迷惑がかかってるって訳じゃないが、目のやり場に困るっつうか、直後に彼女の兄から食らわされる視線が冗談抜きで痛いっつううか......」

「...かといって、あの彼の世話など、他の人じゃ怖がって出来ないだろうしなぁ」


はぁっと互いが互いに共感しながら、彼らは深い深いため息を吐いた。


ふと見上げると、噂の男は到底似合わぬ華やかなクリーム色の封筒をポケットから取り出し、そこから名刺サイズの小さなカードのみ抜くと、残りを再びポケットにしまった。表情をぴくりとも動かさぬまま、じっとのその小さなカードを凝視している。


Hi Bro! What are you up to now?(ハ〜イ、兄貴!何してんの?)」


そんな掛け声と共に、どこからともなく現れた黒い影が躊躇せずにガバッと派手に抱きついた。
彼は視線のみ動かし、自分にぶら下がるその闖入者を見やる。

それは、ここ最近のお決まりの風景。
昼食時になると、差し入れ携えて忽然と現れる男の妹だという少女。
兄同様、外国育ちのためか、彼女のリアクション、並びに服装は、多少...いや、かなり日本人の常規を逸している。

今日も今日とて、黒の極短のキャミ(らしきもの)の上に臍上までの長さしかないハーフスリーブの黒い皮ジャンを羽織り、これまた極端に短い黒皮のミニスカと合わせている。常にファッショナブルな黒の指無し皮手袋を装着し、数多のピアスに、首輪、チェーン付き、更には黒のロングブーツという出で立ちだ。
上から下まで黒尽くめなのは、壁に佇む兄と同じだが、極端に少ない布の面積は男のそれとは正反対。
露出の激しい出で立ちでありながら、彼女の抜群のスタイルに加えて、ハード&クールな雰囲気のせいか、下品な感じなど微塵も感じさせない。逆に、少ない布の隙間から見える肌のすべらかさと眩しさに、現場のスタッフ達は目が眩みそうだ。
あんまり見蕩れていると、彼女の兄から視線だけで殺されそうな文字通り殺気を込めた眼差しを食らうので、あまり凝視することもままならないのだが。


Bro?(兄貴?)」


抱きついてる少女を無表情に一瞥すると、男はゆっくりと動いた...と思ったら、彼女をぐいっと引き離し、荷物の如く左脇に抱えて、スタスタとその場を去って行った。
脇の下で「放しやがれー! クソ兄貴ーー!!」と手足をバタバタさせて、ギャーギャーと少女が喚きまくる。


「.........相変わらず、仲いいのか悪いのかよく分からん兄妹だな」

「セツちゃん、よく怖がらずにあのお兄さんのお世話を続けられるよなぁ」


...などと、様々に飛び交う意見を背後に残して。




バタン、カチャリ。



しっかり楽屋のドアを施錠すると、黒尽くめの男はほっと息を吐いた。

「......敦賀さ〜ん」

情けない声が自分の下から聞こえ、はっと視線を移すと、

「いい加減に、下ろして下さ〜い」

未だ蓮の脇に荷物抱きされたままのキョーコが、上目遣いで蓮を見上げていた。

「うわっ。ご、ごめんね?」

先程の無愛想な無表情とは180°違う態度でキョーコを下ろすのだった。



**



コポコポコポ

持って来た袋からお弁当箱を広げ、ステンレスボトルからお茶を注いで、セツ姿のキョーコは蓮の昼食の用意をする。ハードボイルド少女とアットホームな手作り弁当はなんともミスマッチだ。

「はいっ、敦賀さん。まずはお茶をどうぞ」

「ああ、ありがとう」

蓮は携帯をポチポチ操作しながら、それを受け取った。
和やかな雰囲気を纏う目の前の男性は、とてもさっきまで現場のスタッフ達に怖れられ、敬遠されまくっていた謎の俳優『カイン・ヒール』と同一人物とは思えない。
目付きと纏う雰囲気を自在に変えて別人になり切るのだから、敦賀さんはやはり凄い!とキョーコの敦賀教信者にますます拍車がかかるのは、もはや致し方ないだろう。キョーコはキョーコで、ひとたび楽屋から出れば、見事にその妹になり切るのだが、そこら辺の自覚は当の本人には一切無い。
とにかく、周りに誰もいないこの時間ばかりは、二人は『ヒール兄妹』の仮面を外す。

「敦賀さん? さっきから何を熱心に調べていらっしゃるんですか?」

「ん? 調べているって言うか...。イギリスの友人から結婚式への招待状を貰ったのだけどね、生憎と出席出来そうに無いから、せめて結婚祝いだけでも贈ろうと思って、Bridal Registryを見てるんだ」

「ブライダル・レジストリィ? って何ですか?」

「ああ、日本にはまだこういう習慣は無いんだっけ? これから結婚するカップルが、とあるウェッブサイトやデパートで、自分達で選択した欲しい物や必要な物を登録したリストのことでね、結婚式に招待されたゲスト達がお祝いを贈り易いようにするサービスなんだ。イギリスではWedding List(ウェディング・リスト)と呼ぶ方が一般的かな。欧米では必ず結婚式への招待状と共にそのリストの詳細が同封されているものなんだ」

そう言って、蓮はさっきから手に持っていた名刺サイズのカードをひらひらと見せる。
一見名詞のそのカードは、二つ折りにされていて、表面には、

The Wedding List
 John Lewis


と登録先であろう、英国の有名なデパート名が書いてあり、中を開くとカップルの名前、登録番号、リストが公開され始める日付け、そしてどうすればそのリストにアクセスしてギフトを購入出来るか等、その詳細が事細かに記されていた。


「最近はネットのおかげで世界のどこからでも、ウェディング・リストのあるデパートにアクセス出来るからね。そこからリストを引き出し、プレゼントを選んで、クレジットカードで支払えば、即座にリストは更新され、二重買いされることも無い」

「へ〜。便利ですね!」

「招待客も、自分達の予算に合う物を選べるわけだから、とても合理的なんだよ」

「既にリスト自体がカップルが自分達で厳選した物だと思うと、どれを選んでも喜んで貰えると分かって、安心ですしね!」

「今回の俺みたいに、直接式に駆け付けて祝う事が出来ない人間でも、こうやって海を越えた場所からでもお祝いを贈る事が出来るしね」

そう言って蓮はポチポチと携帯画面をスクロールしている。

「......敦賀さんは、そのご友人に何を贈るおつもりなんですか?」

「んー。そうだなぁ。実用性のあるものなら、なんでも...。あ、電子レンジなんてのもいいかな」

リストに登録されているのは、どうやら新婚カップルの新居のシステムキッチンに設置するための特注電子レンジのようだ。
金額も......、まあ、蓮にとっては大した額では無い。式に出席出来ない分、プレゼントに上乗せしてもいいかな、と蓮が思案してると、

「はあ? そんな大きな物まで?!」

キョーコが素っ頓狂な声を上げた。

「え? 電子レンジは別に大きほうじゃ無いよ。ほら、ダイニングテーブルやダブルベッドとかもリストにあるし。冷蔵庫や冷凍庫も......。あ、皿洗い機や洗濯・乾燥機セットなんかも載ってる」

こいつ、自分の結婚に便乗して、出来る限り大きな物を一気に揃える気だな、と内心蓮は一人ごちる。

「ええーーっ。そんな大きな家具や電化製品まで入ってるんですかぁ?!」

買ってくれる人なんかいるんですか?!と驚愕するキョーコに、蓮はあっけらかんと答えた。

「んー。こういうのがリストに入ってるかどうかって、そのカップルによりけりだけど、俺の友人、アルマンディの専属モデルの一人だからね。彼もそれなりの高給取りだし、その付き合いのある人達も皆それなりの稼ぎがある者ばかりだから、こういうのが入ってても買えないって額じゃないと思うよ」

(それは、敦賀さんレベルの金銭感覚から言ったらでしょう!!)

「ま、これって、ある意味『結婚祝い』に便乗して新婚夫婦が自分達好みのシリーズを一気に集められる良い機会でもあるんだよ」

「はい?」

「ほら。 例えばこの俺の友人のリスト、多分、彼の婚約者がウェッジウッドのこのシリーズが好きなんじゃないかな? カップとソーサー、ポット、砂糖入れ、ミルクジャッグに至るまで、全部このシリーズで統一してるだろう?」

「ええ、はい、確かに」

「このシリーズを一人で纏めて買うとなると大変だけど、個々で買うとなると、そうでもない」

「そうですけど...。カップとかは一つだけ贈っても仕方ないんじゃないですか? こういのはそれなりの数が無いと」

「うん。だからここに最終希望数が書いてある。彼とその奥さんはこのセットのカップとソーサーを合計8つ欲しいみたいだね。でも、プレゼントする側は一つずつでも構わないわけ。買ったらその分だけリストから外れるから、また別の人が残りの幾つかをプレゼントしてくれるかも知れない」

「そうなんですか」

「そういうシステムになってるんだ。俺、一度笑いを誘うつもりで、別の友人の結婚祝いにリストの小物全て一つずつだけ選んで贈ったことがあるんだよね」

懐かしそうに、遠い目をして蓮が呟いた。

「え〜と、小物...と言われますと?」

「んー。フォーク、ナイフ、スプーン、デザートスプーン、小皿、大皿、ボール、カップ、マグカップ......。まあ、一人暮らしする人間だったら必要な食器類一通り、を一つずつ」

総計は、かなりの額になったよ? と悪びれもせずに飄々と蓮は答えた。

「...それって、これから結婚すると言う方には、究極の厭味にならなかったでしょうか...? せめて、二つずつにするとか......」

「ふふふ、いいんだよ。独身貴族でプレイボーイを気取ってた奴への精一杯の冷やかしのつもりだったんだからv それに、最終的には別の人達がちゃんと数合わせしてたようだし」

キュラランと見覚えのあり過ぎる輝く(似非)紳士笑顔で返されては、キョーコにそれ以上反論など出来るわけが無い。

「あ、あの敦賀さん? 他にどんな物がリストアップされてるか、見させて頂いても構わないでしょうか?」

遠慮がちにキョーコが問いかけると、蓮は微笑みながら自分の携帯を渡した。

「好きなだけどうぞ。...後学のためにもね。金額、ブランドやカテゴリー別に分類することも出来るんだよ」

ニコニコと愛想良く笑いながら、蓮はキョーコに説明する。

「それにしても、このウェディング・リスト、作成するだけでもかなりの時間と労力を費やしますよね。そりゃあ、事前にカップル達が選んでくれさえいたら、贈る側は楽ですけど」

「ま、未来の夫婦としての共同作業の第一歩ってところかな? お互いがお互いの欲しいものをバランス良くリストアップしていくわけだし」

「大変なんですねー」

「うん。だから、君も早目に欲しいものには目星を付けておいた方がいいよ? いつどんな形で急遽それが必要になるか分からないし、備えあれば憂い無し、と言うからね。一生に一度のことだから、君も後悔したくはないだろう?」

「何言ってらっしゃるんです、敦賀さん! 私に限ってそんな余計な心配は、
一切、必要、あ、り、ま、せ、ん!」

そんなことより、昼休みの内に、しっかり腹ごしらえして下さいね!
この後、また気難しくて神経質、キレやすくて暴力的なカイン・ヒールになり切らなきゃいけないんですから!

そう言い捨てたキョーコを見詰めながら、蓮は、ふふふ、と唇の端を上げるだけの笑みを浮かべた。
その時の曰くありげは蓮の微笑を、もっと真剣にとっておくべきだったとキョーコが痛感するのは、その3年弱後ことである。





**






20XX年、11月末。


「敦賀さんの、バカーーーーッッッ」

「バカとは、失礼な。一体何を根拠に」

「だって、だって、敦賀さんのせいじゃないですか! 理由が理由とは言え、結婚式まで後一ヶ月もないんですよ? なのに、これからウェディング・リストの作成なんて......」

「俺自身が欲しいものって今更特に無いから(本命はもうすぐ名実共に戸籍ごと自分のものになるし)、後は俺達の新居に必要な大小様々な物だよね。大体のイメージは既に俺の中で固まってるから、どのデパートで登録するか君と相談して決めたら、他の物もおのずと決まって来るんじゃないかな」

そう言って、蓮はキョーコ好みの家具やら食器やらを揃えているデパートのカタログを幾つかキョーコの前に広げる。

「どうして、敦賀さんはそんなに冷静沈着、準備万端なんですかーーーっっ」

「どうしてって、それこそ愚問だよ。君との結婚は随分前から俺は視野に入れてたわけだし、君好みの物がどこで扱われてるかだって、とうの昔にリサーチ済みさ。俺としては、君がここまで来て、慌てている事の方がショックだよ」

「だって、だって、結婚なんてまだまだ先のことだと思っていたんだものーー......!」

「(そうは、問屋が卸すか)あ、キョーコ。ウェディング・リストの方が一段落したら、今度はベビー・レジストリィ(Baby Registry)の方も登録しないとね」

「はい?」

「だから、ベビー・レジストリィ。ウェディング・リスト、もとい、ブライダル・レジストリィと同じように、出産祝いのためのギフトリストのことだよ。説明したことなかったっけ?」

「...聞いた事があるような、無いような」

「これも、人の親となる前の共同作業の第一歩だよねぇ。父さんや母さんにとったら、この子は初孫になることだし、気を付けないと好き勝手買って来そうだから、俺達のベビーに似合う物を二人でしっかり選んでリストアップしとかないとね?」

蓮はまだ目立たぬキョーコのお腹を愛しそうにそろりと撫でる。

「敦賀さん......」

「ちっ、ちっ、ちっ、キョーコ? いい加減にちゃんと名前で呼んでくれないかな。一ヶ月後には夫婦になるんだから」

ほら、どうしたの? 眉間に皺が寄ってるよ? と蓮はキョーコの眉と眉の間をこしこしと引き延ばす。

「誰のせいですかーーーっっ」

「キョーコ、胎教に悪いから、怒鳴らない、怒鳴らない」


キョーコを手に入れるべく数年前から虎視眈々と狙い…、いや、着々と準備して来た蓮に、叶うわけなどないキョーコであった。




FIN



March 31, 2010



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この5月1日の良き日に、わたくしめのイギリスの悪友の一人が結婚します。久し振りの渡英に向けて色々と準備を整えて行く内になんとな〜く思い付いた小話でした。
ちなみに、最後の部分は『The Call』シリーズに繋がり(こじつけて)ます。キョーコの20才の誕生日には入籍だぜ!と暗躍した蓮。でも、一応ここでもその布石らしきアドバイス?はしてたのよー、てね。
私の学生時代ってイギリスだったから、必然的に出席した結婚式はほとんどイギリス…。 その度に、大西洋越えした私の身にもなって! ドイツでの結婚式にも一度出席しましたが、昼夜かけての一大イベントという面ではどちらも同じでした。



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