ACT145 after -1-



バッチーーーーーンッッッ



容赦のない豪快な音に、皆我に返った。
尚の左頬には見事な手形。

「いきなり何するのよっっ」

不破に平手を食らわせ、わなわなと震えながらキョーコは怒声をあげた。

「痛ってーーっ。酷い奴だな、お前。このままだと、彼氏どころか、キスの一つも経験できねーであろう不憫な女に、幼馴染のよしみでキスしてやったってのに」

尚は、叩かれた頬を刷りながらそんなことをのたまう。

「...なんですって」

「仮にも女優なら、いずれキスシーンの一つや二つあるだろ?経験無くってどーする。お前のことだから、未だしたこともされたこともないだろうし」

にやっと不敵に笑いながら、いけしゃあしゃあと言い切る尚に、

「......出て行って」

ぽつり、とキョーコが静かに呟いた。

「ん?」

「出て行けと言ったのよっ。このスケコマシッッ

金輪際

二度と

私の前に

その姿を

晒すなーーっ」



怒りのままにマックスパワーの怨キョを繰り出し、容赦なく尚に放つ。


「出てけーーーーっっっ」


凝縮された怨キョは荒ましい竜巻と化し、その直撃を食らって、尚はあっという間にその場から放り出された。
その竜巻に巻き込まれた尚が 果たしてどこに行き着くか、そんなの知ったこっちゃじゃない。


「あんたに、あんたなんかに......」


吐く息荒く、仁王立ちのまま尚の消えた先を睨んでいたキョーコだが、ふと視線をあげると、無表情の蓮と目が合う。
そして、キョーコは改めて自分の身に起きた事を思い出したのだ。

(見られたっ。あんなとこ、よりによってあのバカに唇を奪われたところを敦賀さんに見られたっ)

そう自覚した途端、堰を切ったように後から後から涙が溢れた。

(敦賀さんはどう思ったろう。あれだけいつも復讐を掲げている相手に、やすやすと唇を奪われて......)

自分の不甲斐無さは勿論、それによって蓮に軽蔑されるかも知れないと思ったら、悔しいやら、情けないやら...。
胸に渦巻く思いを押さえきれず、

「ふ、ふえ〜〜ん。うわあぁぁぁ〜ん」

ぼろぼろと大泣きしながら、キョーコは自分の楽屋へと逃げ込んだ。
そのままドアをきっちり閉め、おいおいと泣き続ける。
ごしごしと唇を何度も擦るが、嫌な感触は消えない。


別にキスなんて大した事無いのよ!私は一生恋愛なんかする気は無いんだし、アイツの言う通り役者として仕事を続けて行く以上、いつかはキスシーンだってあるかも知れないんだし...。


そう何度も何度も自分に言い聞かせる。


......でも、敦賀さんに見られたく無かったよぅ


同じくらい、やるせなさも湧いた。





コンコン


暫くして控えめにドアをノックする音が耳に入る。


「...最上さん?少しいい?」

それは、今一番会いたいようで会いたく無い相手、蓮だった。






ヒックヒック...すみません。全くの私情でまたしても皆様にご迷惑を掛けて......」

真っ赤に泣きはらした目のまま、キョーコは楽屋に迎え入れた蓮に謝罪する。
必死でしゃくりあげるのを押さえるが、うまくいかない。

(どうしてこんなことになったのかな...)

キョーコは自分でもよく分からない。なんであんなことになったのか。
今日は本来なら、楽しい一日になるはずだったのに。...そりゃ、従来のバレンタインとは違う意味でだけど。

「とりあえず、未緒の撮りは最後の方になるよう、緒方監督が手配してくれたから...。今はとにかく気持ちを落ち着けてね」

蓮はキョーコの隣りに腰掛け、未だ泣き止まないキョーコの背を優しくさすりながらそう言ってくれた。

「今はまだショックが大きいだろうけど...、たちの悪い猫に引っ掻かれたとでも思って気にしない事だよ」

まるで、あんなこと大した事ないんだから...とでも言っているような蓮の口振りに、また更にキョーコは落ち込む。


...そりゃあ、敦賀さんにはキスなんて大した事でないしょうね


考えるよりも先に口が開いていた。


「何を言ってるの?」

「敦賀さんだったら、公私共にそういう経験も豊富そうですものね。キスの一つで大泣きするだなんて、バカな子だと思ってらっしゃるでしょう!」

こんなこと言うつもりはないのに、つい刺のある言い方をしてしまう。
敦賀さんは親身になって、慰めて下さってたのに。


「...そんなこと思ってない」

「いいえ!自分でも分かっているんです、たかがキス一つでって!でも、でも、初めてだったんです!
あんなヤツに初めてを奪われるくらいなら、ダークムーンごっこの時、敦賀さんにして貰ってれば良かったっ」

ボロボロと大粒の涙を零しながら、キョーコは喚いた。
そのまましゃくりあげながら、手で顔を覆う。


......それ、本気で言ってるの?


低い、何かを押さえたような蓮の声色に思わずキョーコが顔を上げると、

(よ、夜の帝王!)

思わず後ずさりしてしまう程の妖婉さを醸し出している蓮が目の前にいた。



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キョーコの一言に、蓮の帝王モード、スイッチオン?

拍手掲載日 [2009年 08月 21日]

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