Monopolist

[こねこぐら 追加公演] 5万打フリー作品

 蓮は大きなベッドの上に俯せのまま横たわるキョーコの前髪を梳きながら、溜め息を吐いた。

「何考えてるんだか、俺……。」

 自嘲めいたセリフに無論返事はなく、規則正しい呼吸音が聞こえてくるだけだった。





 事の起こりは、数時間前。

 その日久し振りのトーク番組(内容はほぼ番宣なのだが。)収録で訪れたテレビ局内での出来事だった。

「──……──っ!!!」
「──……──っ!!!」

 廊下にこだまする男女の怒鳴り声。
 声の主を確かめるまでもなかった。
 キョーコと不破だ。

「だーかーら!アンタにそんなこと心配されたら、気味が悪いわっ!!」
「あんだと?!折角オレ様が気にかけてやったんだから、有り難く思え!礼の一つでも言ってみろ!」

 内容は聞かずとも何となく解る。
 多分、とても下らないことで不破がキョーコにちょっかいをかけて、キョーコはそれが気に食わなくて突っかかる。
 嫌になるほど何度も見かけた光景だ。

 本当に嫌になる。

「だから、なんでアンタ礼なんて……あ!敦賀さん!」

 啀み合っていたキョーコの視界に蓮が飛び込むなり、くるりと不破に背を向け、蓮に深々と頭を下げた。

「おはようございます!今日はこちらで収録ですか?」
「お前っ!まだオレとの話が終わってないだろ?!」
「アンタ、先輩にむかって、まずは挨拶でしょう?!」

 話が完全に噛み合っていないように思う。
 しかし、それを突っ込みたいと思う程、今の蓮は紳士を装っていられない。

「やあ、おはよう、最上さん。不破、くんもおはよう。」
「……っ、チッ。」

 キュラキュラと似非紳士スマイルをふりまきながら挨拶する蓮にキョーコは顔を引きつらせた。

「つ…敦賀、さん?」
「ああ、新しいドラマの番宣でね。」

 一応キョーコの質問は聞こえていたらしく、蓮は至極さらりと答えた。
 未だキュラキュラと愛想笑いを振りまき続ける蓮に、キョーコはただただヘラヘラ笑うことしか出来ず。

「じゃ、じゃあ、な。お前、考えておけよ!」
「だ、だから、私は、アンタの指図なんて受けないわよ!!」

 居心地が急に悪くなった不破は、逃げるように捨て台詞を吐いて足早に立ち去ってしまった。

 廊下に取り残されたのは、何やらすごぶる機嫌の悪い蓮と、それをひしひしと感じ対応に窮するキョーコの二人だけ。

「あ、あのぅ……。」

 びくびくと怯えながら、キョーコはそろりそろりと蓮の顔を上目で見つめる。

「ああ、蓮!ここにいたんだ!」

 遠くから救いの手か、それとも運悪くか、社の声が聞こえてきた。

「社さん、おはようございます。」
「あれ?キョーコちゃんもいたんだね。おはよう。で、蓮。すぐにでも収録に入りたいって……スタッフが………??」

 駆け寄った社はすぐに蓮から放たれる異様な空気を察知し頬を引きつらせた。

「はい。わかりました。スタジオに向かいます。」
「あ、ああ。よろしく頼むよ。じゃ、お、俺は先に行ってるから。」

 じゃっ、と足早に社が立ち去り、その場に再び取り残された蓮とキョーコの間には、相変わらずキンキンに冷えきった刺々しい空気が立ちこめており。

「最上さん?」
「は、はぁいっ?!」

 相変わらずの似非紳士・毒吐きスマイルで、キョーコを見下ろす。
 その凄みは計り知れない。

「今日は確か、これ仕事終わりだよね?今晩、空いてる?」
「…へ?」
「空いてる、よね?」

 よね、ってそれ、聞いてませんからぁ〜〜〜〜〜!!!!という、キョーコの心の悲鳴が、今にも身体から飛び出してきそうな勢いだが、なんとかそれを必死に堪えると、キョーコは無我夢中で激しく何度も首肯する。

「はははははい!もう、そりゃもう、すっからかんに空いております!」
「じゃあ、収録終わるまで、控え室で待っていてくれる?」
「へ?」
「さっさと片付けてくるから。…ね?」
「え……と……?」
「…よね?」

 蓮に一歩歩み寄られ、顔を思いっきり近づけ、瞳を覗き込まれ、キョーコは絶句し、ただただ首を縦に振った。





 これを世間で言うところの『嫉妬』だということは嫌という程理解している。
 けれど、キョーコと恋人同士になった今でも、不破への恨みが完全に断ち切れていないキョーコの態度は、蓮の思考回路を容易く掻き混ぜる。

「全く…、俺も大概子供、だよな…。」

 十分自覚している。
 けれど、それを止められない自分がいることもまた事実。

 こんなに近くにいるのに、手に入れたのに、満足なんてとても出来ない。

 抱き締めて。
 キスして。
 愛してると囁いて。
 その肌に触れて。
 ぬくもりを感じて。

 ──それでも足りない『キョーコ』。

 どんなにどんなに求めても、次から次へと溢れてくる強欲な自分がいる。
 一体どれだけ渇望しているというのだろう。

 自分が未だ『コーン』である真実を告げていないことが負い目となっているのだろうか。
 キョーコと不破との間柄に決着がつかないことが追い打ちをかけているのだろうか。──恐らく、関係が清算されたとしても、『幼馴染』という関係が消えない以上、この焦燥感は消えないと思うのだが。

 ふに、と触れた頬のやわらかな感触に、蓮の頬は思わずにやけ、そして長嘆する。

 ほら、手を伸ばさずとも、こんなに近くにいるのに。

 キョーコがくすぐったそうに身を捩りながら笑みを浮かべ、再び頬が緩むのを感じる。

 ほら、こんなにも幸せに満ちるのに。

 どうして、その上を求めようとするのだろう。

 もし。
 もし、このまま、誰の手にも触れない、目の届かない場所に閉じ込めておくことが出来たら、こんな焦燥感に煽られることもないだろうか。

 蓮は逡巡し、やがて口元を歪ませて笑う。

 それはないな、と。

 そんなことをしたとしても──実際出来る訳もないのだが──もっと仄暗い欲望が、沸き出してきそうだ。
 それに、役者としての『敦賀蓮』がそれを望んではいない。彼女の成長を止めるようなことはしたくない。これからもっと飛躍していくであろう彼女を見続けたい。共に演じたい。

 意外と己をわかっているな、とくすくす笑っていたら、がさごそという布擦れの音と共に愛らしい声が聞こえてきた。

「つ…るが……さん?」

 擦れてはいるが、小鳥のさえずるような声に目を細めつつ、罪悪感も感じる。

「ごめん。起こした?」
「いえ、それは構わないんですが…。」

 目蓋を擦り、シーツを胸元にかき集めながら、キョーコはのらりくらりと上半身を起こす。

「今、飲み物でも持ってくるよ。喉、乾いてるでしょう?」
「え?…あ、はい。すみません、お手を煩わせてしまって……。」
「気にすることないよ。」

 半分以上は俺が悪いのだから、と蓮は内心で自らに悪態をつく。

 このキョーコの蓮への言葉遣いも、蓮の焦燥感を煽っているひとつであると分かっている。
 でも、どうすることも出来なくて。事務所の先輩と後輩である以上、彼女はこの先ずっと、多少砕けることはあってもこのまま変わらないだろう丁寧な言葉遣い。

 どうしようもないよな。
 自分を選んでくれただけでも喜ばしいはずなのに。

 冷蔵庫からミネラルウォーターを持ち出し寝室に戻ると、すぐにキョーコに手渡した。

「どうぞ。はい、コップも。」
「あ、ありがとうございます。」

 おずおずと受け取るキョーコは、蓮をどこか不審がっている。

「どうかした?」
「い、いえ……。」

 隠し通すことなんて出来ないだろうに、キョーコは一瞬懊悩した後、ミネラルウォーターを一口飲むなり、諦めたように蓮に訊ねてきた。

「何か…怒ってますか?」
「え?」
「私、何かしました…か?」
「……。」
「あ、あのぅ……ショータローのことじゃ…ないですよ…ね?」

 ふいに出てきた一番聞きたくない名前に、じりっと胸の奥が焼けつく。
 それを感じ取ったのだろう、勘のいいキョーコはすかさず言葉をかけてくる。

「え、いや、あの…先程、テレビ局でお会いした時とは、その…雰囲気が違うので…違うのかな、と……。」

 本当、俺のことに関しては敏感に覚るよな、と蓮は苦笑いする。
 心でも読めるのではないかと思う程。
 ただ、反面長きに渡って気づかなかった慕情があったことも事実。──あれは、それに関する思考回路が壊滅していたせいか。
 その回路が復活した途端、今まで以上に覚るようになった気がする。
 蓮に対してだけ。

 俺にだけ?──蓮は他には、と周囲の人物に目を向ける。

 あれだけキョーコが好きだ、と感情を垂れ流す不破や、ブリッジロックのメンバーの誰だったかの何気ないアピールには全く興味を示さないし、どこか他人事だ。
 不破に対しては相変わらずの反応だが、ブリッジロックのメンバーに対しては「いつも優しいんです」の一点張りで、キョーコに向かって投げられている微笑ましいまでの恋情は、過去の自分でも体感したように、完全スルーパス、直球全力空振り三振と言ったところだ。

 蓮は、キョーコをじっと見下ろす。

 キョーコ自身はどうなのだろう。
 自分に対し、その恋情が流れ込んできたことはあっただろうか。
 感情の起伏が激しすぎるせいか、あったような気もするし、なかったような気もする。
 それよりも、先輩と後輩の関係が色濃いような気がする。

 ──それは果たして恋人同士と言えるのだろうか?

「あ、あのぅ……。」

 恐る恐る覗き込む脅えた瞳に、自分がかなりの時間黙り込んで考え込んでいた事実に気づく。

「あ、ごめん。ちょっと考え事。それに怒ってなんかいないよ。」
「本当ですか?」
「ああ。」

 でも疑う視線は変わらない。

「ただ、ちょっと。最上さんが俺のことをどう思ってるか、気になっただけ。」

 直球で聞かなければ、そのままスルーされていたであろう質問に、キョーコは、ぼんっと音がしそうな程顔を真っ赤に染めた。

「え?……あ、あの……??」

 直球過ぎたかもしれない文句に、キョーコは動揺と羞恥で目が泳いでいる。

「俺はどうでもいいちょっとしたことで最上さんを取られたりしないかと焦るのに、君からそんな感情は見えないから。」
「そ、そんなことはありません!!」

 キョーコは急にきりりと姿勢を正す。

「私だって、いつも思ってます!」
「最上さん?」

 急に声を荒げるキョーコに、蓮は逆に戸惑う。

「今、この場に一緒にいて下さること自体、私には奇跡に近いんです!」
「そんなことはないと思うけど。」
「オ・オ・ア・リ・です!」

 あまりの威勢の良さに、蓮はちょっと身体を引く。

「敦賀さんは、この日本において、最も抱かれたい男性No.1なんですよ?!世間が認める日本一カッコいい男なんですよ?!」
「あ、ありがとう。」

 褒められているのか、貶されているのか、厭味を言われているのか。なんなのかよくわからないが、とりあえず礼は述べておく。

「そんな男性が、こんな至近距離にいて、何も思わないはずありません!私じゃなくたって、女性なら大抵の人はイチコロです!私なんかより素敵な女性は五万といるんです!そんな素敵な女性といつか居なくなってしまうのかと思うと、気が気じゃないんです!」

 蓮はふっと笑みを零す。

「君より素敵な女性は居ないと思うけど?」
「ほら、また!そうやって、さらりと女性を口説くようなことを言う!」

 キョーコは完全に血が上っているらしい。

「世界の敦賀蓮にそんなこと言われたら、誰だって惚れます!好きになります!腰砕けになります!」

 先程まで日本一だったのに、今度は世界一とは、随分スケールの大きな話になったものだ、と蓮はクスリと笑う。

「敦賀さん、誰それ所構わず、口説くようなセリフを言うじゃないですか!!」

 そんなことはないと思うけど、と言いかけて、蓮は躊躇った。過去、同じようなことを彼女だと思っていた女性に言われたことがあったからだ。

「女性が言われて嬉しい言葉をさらりとですよ!分かってますか?!」

 それは血筋だ、と社長が零していたな、などとキョーコの言葉を冷静になって聞いていた。

 キョーコの怒りの矛先は、蓮に向いているのか、はたまた、日本中、或いは世界中の女性に向いているのか定かではない。
 けれど、一つ分かったことがある。

 それは、蓮と同じ想いを抱いていてくれたということ。

 ──多分、これは独占欲だ。

 ふっと笑みを浮かべると、蓮はキョーコの柔らかな栗毛をすうっと梳いた。

「俺は、世界がどんなに賞賛しようとも、たった一人の女性が俺に惚れてくれなければ、全く意味はないんだけど。」
「なっ……!!」

 さらりと囁いたセリフに、キョーコは首までも茹で上がったかのように紅潮させて絶句した。

 勿論、これははっきりとした意志のある口説き文句。

「その、たった一人の女性が誰か──最上さん、わかるよね?」

 たった一人のためだけに囁かれる口説き文句。
 キョーコの言うところの、神々スマイルのおまけつきで。

 キョーコは、円な瞳をより大きく見開き、蓮を見上げると、やがて俯きながら小さく頷いた。

「……はい。」

 その笑顔は眩しすぎです、と呟きながら。
 そして、その笑顔、本当は誰にも見せたくないです、と抱き締めた腕の中で囁きながら。





by 美結(miyu) 09.9.15



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[こねこぐら 追加公演] 美結さんの5万打フリー作品。勿論、フリー期間中にしっかり『頂きます』宣言しておいたのよ?
…飾るのがか〜な〜り〜遅れてしまったけど。
昨今の本誌でのジレジレ展開からひとっ飛びで、成立後の蓮とキョーコ。でも、ここでも尚はお邪魔虫!キョーコにとって尚の存在が形を変えていつまでも尾を引くのはある意味仕方が無いことなので、それを如何に受け止め、昇華して行くかが蓮の『キョーコの恋人』としてのこれからの課題でしょう。お互いがお互いに独占欲、でも双方相手は自分ほどでは無いと思い込んでいるところが恋愛初心者の恋人同士みたいで微笑ましいですよね。
それはそうと、最後にポツリとはにかみ?ながら『その笑顔、本当は誰にも見せたくないです』なんてキョーコに言われた日には、胸に煽っていた不安も吹き飛ばされるのではないでしょうか。[2009.10.22]

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